これらの時計が日本に伝来したのはいつ頃であろうか。語源学者新村出氏の『時計伝来の歴史』に詳しい。これは、おそらく時計製作会社の社員への講演内容であろうとおもわれるが、大正12年「歴史と地理」1月号に発表された文章で、喋り言葉になっていまるので要約を載せる。

 日本への伝来は唐からで、江戸の榊原芳野の『文藝類纂』巻六に記載されており、それは『日本書記』の第廿七に671年4月25日、天智天皇の御代で、漏刻、水時計である。

夏四月丁卯朔辛卯、置漏尅於新臺。始打候時。
動鐘鼓。始用漏尅、此漏尅者、天皇為皇太子時、
始親所製造也、云々。

 「漏尅(ろうこく)を新しき台に置き、始めて候時を打ち、鐘鼓を動(とどろか)す。始めて漏尅を用う。此漏尅は天皇皇太子たりし時、始めて親(みずか)ら製造(つく)れるものなり」とある。

 時刻や時間の計り方を決める制度を時法というが、大宝令に「陰陽寮新に楼台を設け、漏尅博士二人、守辰十二名漏の節を伺う事を司り、時毎に鐘皷を撃つて時を報ぜしむ」とあり、当時、この水時計で知り得た時刻を鐘、太鼓、皷(つづみ)で、漏尅博士が民にしらせていたのである。

 室町時代の藤原敦光の『朝野群載』に、三条西実隆(1455-1537)の歌として

宮のうちに 漏る玉水も 音すみて
     更くる夜をしき 星合のそら

 という詞賦があり、おそらく漏刻の音色を詠んだものであろうと新村は推測している。

 さて、「時計」という字は日本では、いつ頃から使われだしたのだろうか。実は土圭が語源である。
 土圭は、図景、斗景、時鶏、斗鶏、斗計とも書かれ、このことばから時計という字を言語学者、新井白石 (1657-1725) が使っているのが日本での嚆矢である。その書、『東雅』 (1716) には、

   慶長年中、西洋人時計といふものを参らせしことあり、
   其制に倣(なら)ひて作れるもの今盛んに世に行はる、
   時計というは蕃語にあらず、其時々のこと記せし日記には
          斗鶏と記したりけり、是は明の士をして其蕃語を
   訳せしめて参らせし所なり。

と記されている。

 則ち、支那でいう斗鶏は、西洋人のいう時計であると記されているのである。蕃語とは外国語のことで、明の人が西洋の斗鶏を時計と記している、としている。

 『日本の時計』山口隆二、日本評論社、1942年(昭17年)によると、すでに、1年後の1717年正徳二年に出版された『倭漢三才圖會』に、自鳴鐘の俗言として「時計」の文字が使用されている。土圭、斗鶏から時計を当て嵌めて使い、現在にいたっているのである。漏刻の方はお株を奪われてしまった。

 ついで機械時計、自鳴鐘が登場するわけですが、これが日本で使用されはじめたのはいつからか。

 ヨーロッパで1300年ころから使用されていた、棒てんぷ冠型脱進機をフランシスコ・ザビエルが、1550年、天文18年に、日本に伝来し、山口の大内義隆に献上したのが最初である。この時計は残っていない。その後、1590年、天正の使節四人が帰国の際、聚楽第の秀吉に謁見し、機械時計を献上している。une petite horloge sonante と記載されており、鳴り物で時間をしらせる機械の意味で自鳴鐘の文字があてられていた。

 『日本の時計』山口隆二によると尾張の徳川家は慶長3年1598年に朝鮮からの贈り物で、掛時計をすでに保有しており、津田助左衛門政之がこれを修理したことが、尾張藩の『尾張志』にでているという。こちらの方が日本の機械時計の第一号となりはしないかということだが、山口氏自身も考察しているように、慶長3年には尾張には家康はいなかったので、尾張志の編者の多少の潤飾があったものと思われる。したがって、日本の時計師による機械時計の制作は慶長3年よりさらに後の時期と考えられる。

 1611年に、家康にメキシコ総督から贈られた時計、こちらの方は、ハンス・デ・エヴァロという時計師が作った、1581年マドリッド製の銘が刻字された棒てんぷの時計で、久能山東照宮に保存されている。現存日本最古の機械時計である。

 1612年から、機械時計、とくに櫓時計が江戸でも持て囃されたが、実際は江戸時代は不定時法を採用していたので普及にはいたっていない。その刻の管理は時計の間司、時計の間坊主、お時計坊主などが役目していた。前述した新井白石がこの機械時計を「自鳴鐘」という題の五言詩で構造まで漢詩で詳細に説明を加えている。

 日本で最初に誰が機械時計を制作したかはわかっていないが、江戸中期から名古屋を中心に津田助左衛門、幸野吉郎左衛門、廣田利右衛門、小林伝次郎ら、多くの時計師がヨーロッパから伝来した掛時計を参考に、櫓時計、尺時計、枕時計、卓上時計、懐中時計、印籠時計などの和時計を作製し、大名時計として重宝がられた。とくに松平出羽守は異常な時計の蒐集家で、屋敷中、時計だらけであったという。

 江戸後期、嘉永三年には、からくり儀右衛門こと田中久重が制作した和時計、「萬年自鳴鐘」は、四百日巻時計で、六面体で、洋式時計、和式時計、七曜表、二十四節気、月の盈ち虧け、干支をあしらった、優れものである。東京科学博物館におさめられている。

 その後、明治8年1875年にはボンボン時計が輸入され、江戸時代に使用していた和時計は古物として邪魔者、役立たず扱いされ、いとも容易く、廃棄されてしまった。いまでは櫓時計1器で200萬円はする。

 そして、懐中時計、腕時計なども同時に輸入されるようになり、100年ほど愛用されていたが、腕時計も1970年アメリカ、ハミルトン、1973年セイコー、1974年シチズンからデジタル化された。いまや時計には針はなく、時刻を知るには文字盤の数字をみればよいだけになっている。いずれはアナログ時計の見方、時間の計算も教えなくなってしまうのでしょうか。新村出の時計のはなしや時計の読み方には「時」の哲学が隠されているのですが、不要になってしまうのだろう。

 時を意識しないということは、すなわち命を意識しないことで、ここにも現在日本人が命を大切にしない、命を見つめる機会のすくない社会になってしまった理由の一つにあげられる。

 提案として「時の記念日」を「命の記念日」に呼び変えしたほうがよいように思うが、如何であろうか。

 「時」はいつから始まったのか。「時」は正確に永遠に打ち続けるのだろうか。これからさき、「時」が消失もしくは止まってしまうことがあるのか。タイムカプセルで過去の世界に戻れる時代がやってくるのであろうか。
 「時」のはじまりは「宇宙」の始まりと考えられます。然らば、その宇宙はどのように誕生したのであろうか。
 この宇宙進化の概念で克服されねばならない課題がヨーロッパにはあった。聖書である。
 1650年に大司教アッシーは、神が紀元前4004年10月23日の日曜日に宇宙を創造されたと算定したことや、1721年にモンテスキューが「ペルシャ人の手紙」に数百万年前に宇宙が誕生したとか、哲学者カントは数億年前に誕生したとしるしている。

 それでは、その聖書による宇宙の誕生はどのように記載されていたのかをみてみよう。
 天地創造、宇宙は神が六夜にして創造されたと旧約聖書の第1節の創世紀に記載されている。旧約聖書 THE OLD TESTAMENTの始めのGenesisの箇所を英文でNew International版から抄出すると

Genesis
  The Beginning
IN THE beginning God created the heavens and the earth. Now the earth was formless, and empty, darkness was over the surface of deep, and the Spirit of God was hovering over the waters. And God said, "Let there be light," and there was light. God saw that the light was good, and he separated the light from darkness. God called the light "day," and the darkness he called "night." And there was the evening, and the morning - the first day.
And God said, "Let there be an expanse between the waters to separate water from water."
 So God made the expanse and separated the water under the expanse from the water above it. And it was so. God called the expanse "sky."
 And there was the evening, and the morning -the second day.
And God said, "Let the water under the sky be gathered to one place, and let dry ground apear." And it was so. God called the dry ground "land," and the gathered waters he called "seas." And God saw that it was good. Then God said," Let the land produce vegetation:seed-bearing plants and trees on the land that bear fruit with seed in it, according to their various kinds." And it was so. The land produced vegetation plats bearing seed according to their kinds and trees bearing fruit with seed in it according to their kinds. And God saw that it was good. And there was evening, and there was morning- the third day.
 And God said, "Let there be lights in the expanse of the sky to separate the day from the night, and let them serve as signs to mark seasons and days and years, and let them be lights in the expanse of the sky to give light on the earth." And it was so. God made two great lights - the greater light to night. He also made the stars. God set them in the expanse of the sky to give light on the earth, to govern the day and the night, and to separate light from darkness. And God saw that it was good. And there was evening and there was morning - the fourth day.
 And God said, "Let the waters teem with living creatures, and let birds fly above the earth across the expanse of the sky. " So God created the great creatures of the sea and every living and moving thing with which the water teems, according to their kinds. and every winged bird according to its kind. And God saw that it was good. God blessed them and said,"Be fruitful, and increse in number and fill the water in the seas, and let the birds increase on the earth." And there was evening , and there was morning - the fifth day.
 And God said , "Let the land produce living creatures according to their kinds: livestock, creatures that move along the ground, and wild animals, each according to its kind. " And it was so. God made the wild animals according to their kinds, the livestock according to their kinds, and all the creatures that move alomg the ground according to the their kinds. And God saw that it was good. Then God said, "Let us make man in our image, in our likeness, and let them rule over the fish of the sea and the birds of the air,over the likestock,over all the earth, and over all the creatures the move along the ground. "So God created man in his own image, in the image of God he created him. male and female he created them. God blessed them and said to them, " Be fruitful and increase in number, full the earth and subdue it. Rule over the fish of the sea and the birds of the air and over every living creatures that moves on the ground." Then God said, "I give you every seed-bearing plant on the face the whole earth and every tree that has fruit with seed in it. They will be yours for food. And to all the beasts of the earth and all the birds of the air all the creatures that move on the ground - everything that has the breath of life in it - I give every green plant for food. " And it was so. God saw all that he had made, and it was very good. And there was evening, and there was morning- the sixth day.
 Thus THE heavens and the earth were completed in all their vast array. By the seventh day God had finished the work he had been doing; so on the seventh day he rested from all his work. And God blessed the seventh day and made it holy, because on it he rested from all the work of creating that he had done.

 第一の日は天と地を創造し、光を作り昼と夜をつくった。第二の日には大空と海をつくった。第三の日は海と大地をつくり、大地には植物をつくった。第四の日には太陽と月と星をつくった。第五の日は海に水生動物を空に鳥をつくった。第六の日は、すべての生き物と男と女の人間を創られた。第七の日は休日となった。
 第1日目の光により昼夜を創造したところで「時」が誕生したことが隠されている。さらに、第一日目の天、heavensと複数になっていることに注目していただきたい。天が7~9層になっていたと考えていたことが示唆されるのである。
 (尚、聖書の英文版については 神田友愛書房のご主人からKing James, New International, Living Bible, Revised Standardの4つのversionがあり、それぞれ少しずつ言葉の使い方がちがうこと、さらにこれらを比較するNew LaymanのPARALLEL BIBLE ZONDERVAN発行の、辞書のような解説書のあることを教わった。)

 このように聖書からみて、宇宙の誕生が紀元4000年前とするのはあまりにも短すぎる。
 1755年、イマニエル・カントはニュートンらの考えを踏まえて『宇宙自然史と天体の理論』で、太陽系の発生を巨大ガス状物質が回転しながら形成されのではないかと発表した。

 18世紀以降、時間の測定の進化とともに、宇宙、時の誕生が、聖書をはなれて、科学的、物理学的に様々な検討がくわえられてきた。
 20世紀にはアインシュタインの相対性理論に従って、エドウィン・ハッブルEdwin Hubble(1889-1953)が1929年、星雲の速度vと星雲までの距離rとの間に、v=H r が成り立つことを報告し、そのH、ハッブル常数としてしられる係数、時間の逆数の次元をもつ数値を正確にだすため、ハッブル望遠鏡が開発され、様々な星雲までの距離をだして、その速度を算定することで宇宙の年齢が検討されてきた。

 宇宙の誕生は現在のところ、確証はないが、ビックバンといわれる高温度、高密度の物体が爆発膨張して、巨大時空と物質の世界、宇宙が形成されたとされている。
 それがいつ頃か。これには過去30年の間、その測定方法に混乱を極めていたが、
1999年の時点で、宇宙の研究グループ、ハッブル・キープロジェクトによると、ハッブル定数が70km/sec/meg/pcとされ、宇宙の誕生は120-135億年前と発表された。さらに、『宇宙96%の謎』佐藤勝彦によるとWMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)が取得した1年分の宇宙マイクロ波背景放射のデータの詳細解析で導きだされたのは137億年である。

 太陽系の発生は100億年前で、地球は45億年前と考えられている。
 地球の発生は、地質学者のボルトウッドらが1907年にウランー鉛の年代順定法で算定され、以後補正されたのが45億年である。以上のことは『時の誕生、宇宙の誕生』ジョン・グリビン、田島俊之訳、翔泳社、2000年を参考にした。

 中国では、四書五経の『書経』に「盤古」として、宇宙の最初は天地も日月もなく、暗黒の混沌たる一つの固まりで、巨大な鶏卵のごときものであった。ある日、これが突然割れ、中から、雲が出てきて天をつくり、堅い部分が大地をつくり、山川、ができ、更に一万八千年膨張し続け、ついに、この「盤古」が死んで、息は風に、声は雷に、左眼が太陽、右眼は月に、手足は山々に、血潮は川となった。女■という神があらわれ人間をつくった、と記載している。(管理人注:■=女偏+咼)

 インド、佛教ではヒマラヤが須弥山で、ここから宇宙が創られ、この世がはじまったと考えており、宇宙を曼荼羅といった。

 日本は、『古事記』では天之御中主神からはじまり、初代神武天皇をへて、第15代推古天皇までが記載されているが、その最初に

天地初発之時、於高天原成神名、天之御中主神。
訓高下天云阿麻下効此。次、高御産巣日神。
次、神産巣日神。此三柱神者、並独神成座而、隠身也。

 たかまがはらに、あまのみなかぬしのかみ、が降り立ち、天地あめつちが始めて、発おこった。と記載されている。

 宇宙や、時の発生が日本列島でどのように起こったかについての記載は古事記には一切残っていない。神や天皇の見え隠れの繰り返しである。
 因みに、『日本書紀』では、神代の国常立尊(くにとこたちのみこと)古事記では天之御中主神に始まり初代神武天皇から第41代持統天皇までが書かれている。
 これには

古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟■而含牙。
及其清陽者薄靡而為天重濁者淹滞而為地、
精妙之合搏易、重濁之凝難。故天先成而地後定。
然後神聖生其中焉、故曰、開闢之初、洲壌浮漂、
瞥猶遊魚之浮水上也。于時天地之中生一物。状如葦牙。
便化為神。號国常立尊。
(管理人注:■=三水+幸)

 其の神代に、陰陽の別もまだ生じないとき、鶏の卵の中身のように固まっていなかった中に、ほの暗くぼんやりと何かが芽生えを含んでいた。やがてその澄んで明らかなものは、のぼりたなびいて天となり、重く濁ったものは、下を覆い滞って大地となった。澄んで明らかなものは、一つにまとまりやすかったが、重く濁ったものが固まるまでは時間がかかった。だから天がまずでき上がって、後大地が定まった。そして、その中に神がお生まれになった。それで次のようにいわれている。開闢の初め、国土が浮き漂っていることは、たとえていえば、泳ぐ魚が水の上の方に浮いているようなものであった。そんなとき天地の中にある物が生じた。形は葦の芽のようだったが、間もなく神となり、国常立尊という。
 以上のようにきわめて曖昧な表現である。

 しかし、『雲を掴む話』で有名な、藤原咲平(1884-1950明治17ー昭和25年、諏訪生まれ、寺田寅彦の弟子であるが奇人変人天才の気象学者)の『気象と人生』岩波書店1935年昭和10年のなかの、大気の機巧に関する最近知見の概要の五、日本固有の天気知識で、『古事記』中巻にある詠を「時」を知っている詠歌として紹介している。
 神武天皇の皇后、伊須気余理比売の詠んだ

   佐韋賀波用 久毛多知和多理 宇泥備夜麻
            許能波佐夜藝奴 加是布加牟登須
         佐井川よ 雲立ちわたり畝火山
               木の葉さやぎぬ風吹かむとす

   宇泥備夜麻 比流波久毛登韋 由布佐礼婆
            加是布加牟登曾 許能波佐夜牙流
         畝火山 昼は雲とひ 夕されば
              風吹かむとぞ 木の葉さやげる

 これは壬申の乱で人の動きが怪しい謀計の企てに胸騒ぎするのを、雲立ち、木のはさやげると、自然の天候の変化に擬えている。時、未来の予感を自然の雲風に擬えて、その変化を感じるとる詠歌で、自然の移ろいを表現する日本人のもっとも得意とする前頭葉の世界が古代より養われていたことが解る。

 また、万葉集十五の天智天皇の歌に

   渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比紗之
         今夜乃月夜 清明己曽
          綿津海の豊幡雲に入り日さし
             今宵の月夜清く明かりこそ

 天気予報の歌で、天智天皇は暦、時法にくわえ、天気予報もみられたようで、豊幡雲は、いまでいうどういう雲のことか藤原咲平先生も相当苦しまれたようですが、どうも白簀雲(しらすぐも)のことで、晴れる前にでる白簀雲は吹き流しの旗のようにうねうねと曲がっている。これをみて天智天皇は今夜は晴れて月がみられるであろう、そして明るい世が予感されることをうたったもので、この歌にも未来の時が隠されている。

 道元(1200-1253;正治2-建長5)は源頼朝が没した翌年にうまれているが、「時」について、『正法眼蔵』の第廿に、有事ではなく有時(うじ)としてのべており、紀元前からの釈迦の教えに、この宇宙には大我(脳活動、悟り、想念)、小我(自然界)があり、世界は中国やインドなどきわめて広大であること、そこに時と存在という概念があり、存在に時の概念があること;いはゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり。と述べている。

 彼のいう「時」は、過去、現在、未来での「存在」のことで、彼より300年後に、デカルト(1596-1650)がcogito ergo sumの哲学をのべ、ベルグソンの『創造的進化』、マルティン・ハイデッガーMartin Heidegger (1889-1976;南ドイツ、メスキルヒ生)の『存在と時間』、が生まれるのである。(ハイデッガーの時間の哲学理論は、わたくしには全く理解できませんでした。)

 「時」について、道元は、原子時計での時間の感覚をもった現代人にやっと理解出来る概念を、すでに1200年代に指摘していたのである。
 この道元の強靱で、冷徹なまでの思索力、犀利(さいり)な洞察力、正確な判断力の才は、仏の教である「悟り」を大我、頭脳の世界、観念の世界から、実行、行動、実態のある世界へ呼び戻し、仏教を現成(完全に実現化すること)するために永平寺禅宗曹洞宗を興し、鑑真和上以来の伝承天台仏教の神髄を昂揚させたのである。彼以後は江戸時代まで昇り隠元禅師の万福寺黄檗宗までかかる。

 彼の教示は、彼以後の日本人に禅修行を通して、「時と存在」を自覚させ、命を洞察していく、人間の生き方、doing、being 両面に強く影響を与えてきた。
 認知科学の分野で、この道元の有時と、よく比較に出されるのが、旧約聖書の21番目のEcclesiastes、「コヘレトの言葉」で、その第3章に、時について語られている。

 コヘレトKohelethはエルサレムの王、ダビデの子、哲学者である。彼が「時」について以下の如く述べた。

A time for everything
 THERE IS a time for everything, and a season for every activity under heaven:
 a time to be born and a time to die,
 a time to plant and a time to uproot,
 a time to kill and a time to heal,
 a time to tear down and a time to build,
 a time to weep and a time to laugh,
 a time to mourn and a time to dance,
 a time to scatter stones and a time to gather them,
 a time to embrace and a time to refrain,
 a time to search and a time to give up,
 a time to keep and a time to throw away,
 a time to tear and a time to mend,
 a time to be silent and a time to speak,
 a time to love and a time to hate,
 a time to war and a time for peace.
 What dose the worker gain from his toil? I have seen the burden God has laid on men . He has made everything beautiful in its time. He has also set eternity in the hearts of men; yet they cannot fathom what God has done from begining to end, I know that there is nothing better for men than to be happy and do good while they live.

 何事にも時があり、誕生に死、植えるに抜く、殺すに癒す、破壊するに建てる、泣くに笑う、嘆くに踊る、石を放つに集める、抱擁に抱擁を遠ざける、求めるに失う、保つに放つ、裂くに縫う、黙するに語る、愛するに憎む、戦いに平和。
 人が苦労して何になろう、私は神が人の子に与えられた務めを見極めた。神はすべてを時にかなうように造られ永遠を思う心を人に与えた。それでもなお、神のなさる業をはじめから終わりまで見極めることは許されていない。私は知った人間の最も幸福なのは喜んで楽しんで一生をおくることだと。

 このコヘレトの「時」の概念は直線的時間で物理的時間がどのような状態で存在するかを述べており、時間の概念に、空間、存在の概念が含まれていることを道元と同様であることが指摘されているが、時間の認識する主体が道元は人間であるのに対し、コヘレトは神である点が異なる。これは橋本邦彦氏(室蘭認知科学研究会)も指摘しているところである。旧約聖書が書かれた時代に、すでに時間の概念が具体化していたことは理解できる。

 日蓮(1222-1282;千葉小湊生まれ)も、「時」に強く関心をもっていたこと、国の在り方、仏教の教えと、飢えから民を救済する為の方策を盛り込んで『立正安国論』を著したが、鎌倉幕府の怒りをかい、竜の口で処刑と決定した。この時、エンケ彗星の出現に、処刑係の左右衛門尉四名が仰天し、逃げ失せ、処刑から免れたと『日蓮上人遺文録』の「種々御振舞御書」に記されている。
 翌日には、日蓮が依知で、天空と問答していると、明星が異常に輝き、みるみる曇り大風になり、その響き大なる鼓を打つが如くに変動した。この時、みずから三光天子の守護を得たりと確信したという。「依知の星下り」といわれる場面である。

 身延山を選んだのは、この山が、霊峰富士山の真西にあり、春分、秋分には富士山から日が昇るのを観察できるためであるといわれている。

 エンケ彗星のこと、翌日の金星のこと、春分秋分の日の出のことなど、日、月、金星の三光天子を身体一致させるなど、霊能者のようではあるが、日蓮が時について、特に時の周期性、暦、天体を研究し、深く理解していたことがわかり、宇宙、時をいかに詳細なところまで会得していたか、計り知れないところがある。眼にはみえないが、実存している、点、直線、空間そして「時」を理解し、神がかり的な扱いをしていたことが知れる。

 日本史上、其の身と天体が一致しているとまで堅く信じた者は、最も古いところで、明日香村高松塚古墳に眠っていた人で、自らの身を天空と一致したように、その壁画に東西に太陽と月を描いていた。空海は密教曼荼羅の世界から、われ大日如来、金剛の再来なりといい、秀吉は太陽の子、尼子家の山中鹿之介は北辰に通じ、法蔵院覚禅坊主胤栄は月より鎌槍を作った。

 しかし、日蓮ほど天体を識りつくし、これを利用し、「時」を操った男はいない。これは、広瀬秀雄氏(前橋天文台長)の『年・月・日の天文学』自然選書、中央公論、1973年で紹介されている。

 ついで、時は止まるのか。
命を刻む「時」に向かって、シェイクスピアは『ヘンリー四世』のホッパーに臨終の際、語らせている。

全世界を眼下に見下す「時」よ、
汝、いつの日にか止まらねばならぬ。

 時をエネルギーとすると、熱力学の第二法則を宇宙全体に適応すると、いつかは熱力学的死の状態になり「時」は減衰し、ついに停止してしまう。しかし、この先き何億年かまでは、時は無情にも流れ続けるし、止められないであろう。
 空間の境界の時間の世界、ブラックホールの先にはなにがあるのでしょうか。この先に空間、時間は存在しないのか、これはいまだに不明です。
 ここまで、時間と宇宙について考えてきたが、これより、さらに時の概念が進化しても、ドラエモンのようなタイムカプセルは創り出せないでしょう。

 最初に示したウィットロウが中心になって1959年、第1回国際時間学会がイギリスでひらかれ、その後、第3回国際学会が1973年(昭和38年)に渡辺慧、伏見康治、柳瀬睦男、村上陽一郎ら錚々たるメンバーで、山中湖にて富士山を仰ぎながら7月1日から1週間かけて開催された。外国人にも好評であったようだ。『時間とは何か』伏見康治、柳瀬睦男編、自然選書、中央公論社.1974年にその経緯の一部があとがきに書かれていますが、現在、この国際時間学会がどのようになっているのか皆目わかりません。

 副題の "この世を貫く「時」" は、渡辺慧さんが慣用していた語句です。
 「時」は宗教、哲学、文学、物理学、社会学、歴史学、天文学、医学とこの世に時間と無関係な学問はないといわれるほど広範囲にわたって研究されてきましたが、いまは認知科学という分野で検討されているのではないでしょうか。老人痴呆をいう認知症を研究する学問ではありません。
 認知科学の研究者で若いところでは橋本邦彦、植村恒一郎(現群馬県立女子大学哲学教授)らが活躍しており、植村は『時間の本性』勁草書房2002年の序論で時間をわかりやすく分類している。紹介すると「量としての時間」(アリストテレス的時間、自然時間)と「時間様相」(アウグスティヌス的時間、精神的時間)にわけている。

 「時」について関連書としては、あげれば切りがありませんが、最近のところではミヒャエル・エンデ(ドイツ:1929-1995))の『モモMOMO』大島かおり訳、岩波書店という童話があって、時間どろぼうから時間をとりもどす少女の話があります。時間貯蓄銀行が登場し、床屋のフージーが灰色の紳士銀行員と時間の貯蓄の契約をし、人生をやり直す話がでてきます。子どもにはチト難しい童話ですが、本を買ってきた大人には「時」から、ドイツ人の彼がイタリアへの感謝、愛の告白として語った話で、人生のbeingを考えるには、よいヒントがギッシリ詰まっている推奨本です。世界中、30ヶ国語に訳されている1980年代一次話題のヒット童話です。

 『不思議の国のアリス』には正装し、懐中時計をもったウサギとともに異次空間に迷い込んだり、薬瓶の中身を飲むと急に体が小さくなったり、大きくなったり、ネズミとネコについて会話したり、地下の空間、未来体験ができる冒険物語として語られている。時間を考えると不思議な場面が多く、戸惑いを感じさせる場面がでてきます。

 『西遊記』は中国四大奇書(水滸伝、三國志、金瓶梅)の一つで、孫悟空をはじめ、多くの登場人物、妖怪がでてきた、様々な術を使って三蔵法師との天竺への旅物語で百話でできあがっています。斛斗雲にのって高速で空間を移動する術、千里眼、分身の法など、現在で飛行機、インターネット、クローンなど、実現している技もあり、作者の呉承恩(1500-1582)の時代との「時」のとらえ方に違いがあるところがおもしろい。

 その最初は、「霊根を育孕てて源流出で心性を修持して大道生ず」という文からはじまり、盤古の説明があり、十二万九千六百年前に天地ができ、大地は四州にわかれ、その東勝神州に石から猿が創られ、孫悟空が生まれたと書かれている。この「時」の知識をもとに読み返してください。興味深いことが大量に書かれています。

 『浦島太郎』も竜宮城から舞い戻ったら、皆、老人になっていた。玉手箱を開くと煙が出てきて自分も老人になってしまうのは、楽しい時間は短く感じるという心理的時間をうまく使った話しです。

 以上のように渡辺和子先生の講演から始まり、「時の概念」より「時と宇宙」までを見てきました。「時」についてしらべていくと時間をわすれるほどで、ついに聖書まで買い込んでしまいました。

 時への知識は、医学、医療のあり方、とくに最新医療、移植手術、脳死、クローン、認知症、時差ボケなど医哲学の重要な思考点であることに気付かれたと思います。
 読んでおもしろかったですか? それとも、時間の無駄でしたでしょうか。私には、時間の経過をわすれた2005年乙酉(きのとのとり)の早春でした。

   

主要参考文献
1)『時間その性質』ウィットロウ、柳瀬睦男、熊倉功二訳、りぶらりあ選書 1970年
2)『時間の発見』、コリン・ウィルソン編、竹内均訳、三笠書房、1982年
3)『時間の歴史』、渡辺慧、東京図書、1973年
4)『時計伝来の歴史』、新村出全集 5巻、1975年
5)『時計発達史』、高林兵衛、東洋出版社、1924年、大正13年
6)『暦の百科事典2000年版』、本の友社、1999年
7)『日本の時計』山口隆二、日本評論社、1942年、昭和17年
8)『古事記』日本思想大系、岩波書店、1972年
9)『日本書紀』佐伯有義編、朝日新聞社、1940年昭和15年
10)『書経』四書五経、東洋文庫、平凡社、1965年
11)『時の誕生、宇宙の誕生』、ジョン・グリビン、田島俊之訳、翔泳社、2000年
12)『気象と人生』藤原咲平、岩波書店、1935年、昭和10年
13)『年・月・日の天文学』、 広瀬秀雄、自然選書、中央公論、1973年
14)『モモMOMO』、ミヒャエル・エンデ、大島かおり訳、岩波書店、2001年
15)『時間とは何か』、伏見康治、柳瀬睦男編、自然選書、中央公論、1974年
16)『時間の本性』、植村恒一郎、勁草書房、2002年
17)『正法眼蔵』、日本思想大系、岩波書店、1972年
18)PARALLEL BIBLE : New Layman , ZONDERVAN , 1981年.
19)『宇宙96%の謎』、佐藤勝彦、実業之日本社,2003年.
20)『西遊記』、呉承恩作、小野忍訳、岩波文庫 1977年
21)『50歳からの人生塾』、松原泰道、海竜社、2002年

   

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