
平成13年4月に内閣総理大臣に小泉純一郎氏が指命されて、9月に米国テロ事件があり、第一次小泉改造内閣で再出発したのが、平成14年9月30日。このときの厚生労働大臣は、坂口力氏であった。その10月と翌年15年の4月に、戦後、ありえなかった医療費削減、被保険者の個人負担額増額が強行された。
その時、首相は三方一両損で、みんなが負担を分け合う形だと、いかにも正統論のようにのべて、国民を納得させたが、その三方一両損という言葉、その意味を根拠にした論法でのやり口が適切であったのか、どうか。騙(だま)されてはいませんか。
平成15年は医療行政で屈辱の年でした。決して忘れません、勝までは。
抑も、三方一両損なる言葉は、これは元々、山岡政談の、これを落語に使用されたことばである。古くは板倉政談の聖人公事捌(くじばき)や井原西鶴の本朝桜陰比事に出てきます。
江戸時代の裁きと言葉の意味を検証するため、三方一両損の落語を披露してみたいと思います。
そして、竹中平蔵なる金子の元締めは、名は鬼平犯人科帳の銕こと長谷川平蔵、ひとよんで鬼の平蔵と同じだが、切れがチトちがうようだ。竹中に公儀の金の勘定させておいて大丈夫なのかねぇ、ええ。金は天下の廻りもの。貯めてはダメ、とかんがえますが。

マクラ
財布を拾った金太郎
大家の喧嘩成敗
大岡越前守祭壇
落ち
サゲ

“江戸っ子の生まれ損(そくな)い、金を貯め”、なんて川柳がありまして。江戸っ子というものはどうも、金に執着がなかったなんてぇますな。んー今日稼いだ金は今日中に使ってしまう。宵越しの銭は持たねぇ、なんてことを自慢にしていたなんてぇことを、え、お年寄りに聞いたことがありますが、いや、それは間違いなく、そういうことをしていたんだよてぇことを聞きました。
まぁー考えてみると、江戸っ子の代表てぇと、お職人でございますねぇ。商人と違いまして金を蓄えるということをしない。半纏、股引で年中くらして、賤富てなわけで。もっとも職人は仕事がうまければよろしいんですから、銭は腕にへぇてる、あらためて金なんぞを持つことはないてんですから。たしかにいい職人になるってーと仕事は天から降るほどあったんだそうですな。
大工、左官らにもいい仕事をしたものもおりますが、特に安政の地震以降、普請の職人は別格で職人の黄金時代だったそうで。
しかし、同業でも仲が悪いことがありまして、左官が家を汚しますから、大工が嫌う訳でして。
内(なか)にはひどいのもおります。
源さん。
あ?
この間、おめえが吊ったってくれた棚な。
ああ。
落っこっちゃったぜ。
そんな訳ねーだろ。ーーなんか載せたんじゃねぇのかい?
載せない棚なんてぇのはない。

白壁町の長屋住まいの左官、金太郎が浅草寺近くでの仕事をおえての帰り道、神田川の土手を歩いて柳原にかかったところで財布を拾ってしまった。
えれぇこと、しちゃったよ。弱ったな。財布、拾っちまったぜ。銭が入ってる(へぇってる)ようだなぁ。いくら入ってやんだ。三両も入ってる。こりゃ大金だ。そのほかに書付と印形(印鑑)か。かんだ たてだいくちょう だいく きちごろう、と仮名で書いてあらぁ。これだとおれにも読めるけんども、神田堅大工町大工吉五郎、漢字の方はさっぱりわかんねーな。こいつが落っことしやがったんだな。どじな野郎じゃねぇか、本当に。この忙しいのにな、名前と町所(ちょうどころ)わかってるんだ、届けねぇわけにはいかねぇやな。ようし、じゃ、ま、届けに行ってやるか。な、ああ、この辺りが、たしか、堅大工町なんだがな。ここらで、ちょと、聞いてみるか。おう、ごめんよ。
いらっしゃいまし。えー、お煙草はなにをさしあげましょう。
なにを。
煙草は?
だれが煙草を買うって言った。煙草なんざ、いらねえんだよ。このあたりは、たてでぇくまちだろう?
左様でござんす。
大工(でえく)の吉五郎てぇやつの家はどこだい。
ああ、吉っつぁんのお宅をおたずねでございますか。
じれってえな。そうだよ。
これへ行くきますと八百屋さんがあります。その路地を右に曲りますと角から五軒目でね、腰障子に山形に吉と書いてある。そこが吉っつぁんのお宅ですから。
そうかい。わかってりゃ、早く教えろい。こんちくしょう。間抜け。ありがとよ。
なんだい、あの人は?
なるほど、この家か。きれいに腰障子がはまって、ちゃんと山形に吉としてあらぁ。ああ、張り替えたんだな、新しい障子になってる。あれ、欄間から白い煙が出てやがる。女将さんが居るのかな。家ん中見なくっちゃしょうがねえな。障子に穴あけてやろう。あ、いるいる。あいつが吉五郎だな。間抜けな面してやがる、本当に。何してんだ?鰯の塩焼きでもって一杯酒呑もうてんだな。どじだなぁ。よしな、よしな、やい、やい、呑むんなら、もっと、さっぱりした肴で呑め。そんな塩っぱいもんで呑んでねぇでよぉ。
だれだ!他人の家の障子を破きやがって、折角、新しいのに張り替えたのに。障子に穴あけて、家ん中のぞいてんのは。用があったらこっち入ぇれ。
あたりめぇよ。用がなきゃ、こんな小汚ねぇ長屋へ入って来るかい、勝負。
あきれた野郎だね、こいつは。他人の家あけるのに勝負だっていいやがる。なんだ、てめぇーは。
俺は白壁町の左官の金太郎てぇもんだ。
おめえ、左官か。金太郎って名か?
そうよ。おかしいか。
金太郎にしちゃ、赤くねぇな。
まだ茹でねぇんだよ。
生で持ってきやがったな。なにか用かい。
おめえ、今日、柳原でもって財布、落っことしたろ。
冷てぇ水で、その面、洗って出なおせ、馬鹿野郎。落っことした場所を知ってりゃ、自分で持ってきちまうわ。
あ、そうか。そりゃ、道理だ。だがよ、俺が拾ってやったんだ。書付と印形と銭が三両入ってた。え、書き付け見て、おめえだってことがわかったんで、な、持ってきてやったんだぞ。さあ、こいつをおめぇに渡すから、いいか、改めて、受け取れ。
この野郎、余計なことしやがって。
なにが?
なにがじゃねえや。書付と印形は大事なもんだから貰っとくが、銭はいらねぇーよ。金を落してさばさばと、さっぱりして、あーこれでもって厄払いだなと思って、ありがてぇんで、今、おれは呑んでんじゃねぇか。印形と書き付けはこれはおれの物だ。な、金はいらねえや。財布ごとてめぇにやるから、帰りに一杯やれ。
こんちくしょう。何をしやがんだ。おれは礼をもらうと思って、おめぇんとこに届けに来たんじゃねぇぞ。おめぇが大金なくして困るだろうと思うから持って来てやったんだ。なんで受け取れねぇんだよ。
大金?、困る? 冗談いうねぇ。三両ばかりの金でもって、なにが困るんで。いつでもどうにでもなるんだ。ええ、てめえぇにくれてやるから持ってけってんだよ。
おれはいらねぇ。そんな金なんぞ、銭を貰うぐらいだったら、最初から届けねんだよ、ちくしょうめ。せっかくおれが親切に届けてやってんのに、なんで受け取らねぇんだ?これはおめえの金じゃねぇか。
そら以前はおれの金だった。だけども懐から飛び出したんだ。二度と敷居はまたがせねぇんだよ。え、落っことした金を届けてもらって、ありがとうございます。なんてんでこいつをいただいてよ、大事にしまっとくなんて、そんなさもしい料簡はおれにはねぇんだ。てめぇが拾ったんだだから褒美にくれてやるだ。え。持ってけ、こんちくしょう。持ってかねぇと、張り倒すぞ。
こんちくしょう。黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって。おもしれぇ。ええ、拾った財布を届けてやって、張り倒されるなんて、そんなわかんねぇ話しはねぇやい。
張り倒すんなら張り倒してみろい。てめぇの銭なんざ貰ってく、弱ぇ尻じゃねぇんだ。
やい、持ってかねぇのか。為にならねぇぞ。
いやな野郎だな、こん畜生。俺はそんなドジじゃねぇやい。
この野郎、まごまごしてやがると。ーーじれってえ、こんちくしょう、ひっぱたくぜ。
おもしろい。銭を届けてやってひっぱたかれてたまるけぇ。殴れるもんなら殴ってみろい。
お注文(あつらい)なら。
こんちくしょう。
なんだ、意地っ張りめ。この野郎。
こん畜生、こん畜生。

大家さん、大家さん。隣で喧嘩、はじまったぜ、吉んとこで。壁に、どしんどしん、ぶつかって。壁を押さえてるんで手がふさがって仕事もできねぇ。早くとめてくんねぇ。
しょうがないね。まったく。あいつほど喧嘩の好きな奴もめずらしいよ、まったく。あ、やってる、やってる。相手の若ぇのも威勢がいいや。鰯を踏んづけちゃったよ。髷、掴まえて、毛むしりっこしてやがる。ああ、どっちが余計、抜けちゃうかね。
大家さん、感心してないで、早くとめてくださいよ。
吉ぃ。おめえみてえな喧嘩の好きな野郎はいねよ。よしなさい。よしなさいたら、よしなさい。おめえは構わねぇだろうけど隣の人が迷惑してるんだよ。壁を押えるんで手がふさがっちゃって仕事ができねぇてんじゃねぇか。またお前もさんもそうだよ。この男の気の短いてぇのはわかってんだ。ここで、ぐずぐず、言ってりゃ喧嘩なるにきまってら。いいかげんとこで帰ったらどうだい。
おう。虫のせぇや癇のせぇで、こんな長屋へ入ってきて喧嘩してるわけじゃねぇんだ。こいつが財布を落っことしたから、届けてやってんのに、この野郎。
そりゃ、吉、おめぇがよくないね。
俺が届けてやったら、いきなりひっぱたいて、喧嘩になったんじゃねぇか。
そりゃどうもあいすいません。おめえ、また、なんで、そんな馬鹿なこといをするんだい。そりゃな。おめえの料簡じゃ、一端懐から出ちまった銭だが。受取って、翌る日、手土産かなんか持って、礼に行くのが道じゃねーのか。それを殴ったりしやがって。そりゃ、おめぇがよくないね。
なにをぬかす。この糞たれ、逆蛍。
変な啖呵きるね。ええ。
なにを言ってやがる。大家といやぁ親も同様、店子といやぁ子も同然てんだい。おれとおめぇとは親子の間柄じゃねぇか、え、その大家がなんだって、子の味方しねぇで他人の味方をするんでぇ。え。冗談じゃねぇやな、こちらは自慢じゃねぇが、晦日に持ってく家賃だって、みんなが延納してるところをおれが二十八日に、きちんきちん、と届けてるじゃねえか。それほど俺はおめぇに義理をはたしてんのに、てめぇはなんだ。盆が来たって、正月が来たって、半紙一枚、海苔一帖よこさねぇだろう。
嫌なこといいいうね、吉さんは。こういう乱暴な男なんですよ、この人は。あんたも、ここで、ぐずぐずしてるとてぇと、喧嘩に花がさくよ。こういう人間は癖になりますから。南町奉行の大岡越前守様へ訴え出て、白洲の砂利の上でこいつをあやまらせますから、今日のところは腹も立とうが、一端引き取ってくださいな。
そうと話がきまりゃいいが。やい、畜生覚えてろ。
忘れるかい。俺は二十八でぇ。耄碌なんかしてねぇんだ。悔しかったらいつでも仕返しろい。びくともするもんじゃねぇや。矢でも鉄砲でももってこい。
矢だの鉄砲がいるかい、てめぇ一人ぐれぇ、この拳骨でひっぱたきゃ。
なに。
また、始めやがった。

ばあさん、金公の野郎がなんだか、だらしのねぇ恰好して、こっちへ、のこのこ歩いてくるよ。ええ、おーい、金公。
あんな忌々しい野郎はねぇな、まったく。いやに落ち着いてるから大丈夫だろうと思ったら、いきなり俺のこと、ひっぱたきゃがる。なんとかして仕返ししなきゃな。あっちの大家のやつが白洲であやまらせるからっていうから勘弁してやるようなもんだが。忌々しいたら、ありゃしねぇ、まったく。
おいおい、何を独り言を言って歩いてるんだい、金公。
あ、いけね。こいつは、いけねぇ。うちの大家さんの前を通り越しちゃった。なに、ちょいと用を足しにいってきたからね。
いまも、家で話していたんだがね、うちの長屋には店子はたくさんおいでだが、金太郎さん、お前さんがいちばん好きだよ。というのも江戸っ子だ。江戸っ子てぇやつは履き物が新しくて、髪がさっぱりしてりゃ江戸っ子だ。今日は髪はあんまり江戸っ子でねぇな。いやに乱れてるじゃねえのか。
なんかあったのかい。
うん、喧嘩しちゃったんだ。
喧嘩 そうかそれは偉いえ。江戸っ子なんてのは喧嘩しなくちゃいけねえ。なあおれなんざ若いえ時分には弁当持って毎日喧嘩して歩いたもんだ。どこで喧嘩したんだ。
堅大工町で。
ああ、そうかい。そいつは威勢がいい。どうして喧嘩になったんだ。
なに、柳原、歩いていたら財布拾ちまってよ。
なんだって、そんな、どじ、やらかしたんだい。
屈み女に反るり男、したかねけど、下駄へひっかかったんだ。
その、ささくれた下駄を履くと、そういう間違いが起こる。
中を改めると書付と印形と銭三両入ってた。そいから、あっしは、そいつのとこへ届けてやったんだ。
偉い。それだから俺はお前が好きだよ。向こうじゃ、よろこんだろう。
怒りやがった。
なんだって。
書付と印形はもらっとくが、銭は俺のもんじゃないから持ってけてぇから、てめえの銭なんぞ、もらってく、弱い尻なんぞじゃねぇ、ていったら、取っていかねぇと為にならねぞ、こう言いやがる。
変な野郎だな、そいつ。
そいから、俺がどうしても持っていかねと強情をはると、じれってえ、持っていかなけりゃ、ひっぱたくぞ、てぇから、殴れるもんなら殴ってみろ、ったら、お注文だってんで、ぽかっときやがった。
ぽかっと。気が勝手だね。殴られたのかい。
ぱっと受けたさ。
どこで。
頭で。
ばか。それじゃなぐられちゃったんじゃないか。
その替わり、あっしだってぼんやりしてねぇ。いきなり飛んで、鰯を三匹踏みつぶしてやったさ。
おめぇ、鰯と喧嘩してるわけじゃねえだろ。
むこうの髷をぶっつぶして、つかまると、向こうのやつも手があいているから、あっしの髷つかまって。
おいおい、手のあいてる喧嘩てのはねぇだろう。
壁へ、どしんどしん、ぶつかったもんだから、隣りのやつが驚いて大家をよんだのさ。そうするとその大家がいきなりあっしに文句言いやがって、この男の気の短ぇのを知ってて、ここでぐずぐず言ってりゃ喧嘩になるに決まってる。いいかげんとこで帰ったらどうだ。てぇから、承知しねぇ、こいつが財布を落としたのを俺が届けてやったら、いきなり、ひっぱたいといて、さすがは大家だね、。そこの吉てぇやつに小言を言ったんで。そりゃおめえがよくない。受取りにくい銭でも受取っておいて、翌る日土産でももって礼に行くのが筋だ。それを殴ったりなんかしてよくねえ、てぇとその吉てやつが大家へ向って啖呵きりやがって、敵ながら、あっぱれなやつだ。
殴っておいて、誉めやがって。それからどうしました。
なにぬかしてんで、この糞たっれ、逆蛍。と大家に啖呵きったんだい。
汚ねぇ啖呵だな。
家主からけじめくらって指くわえて引っ込んでるようなお兄哥さんとは出来が違うんだ。自慢じゃねえが晦日に持ってく家賃はきちんきちんと届けてる。それほど、俺は義理をはたしてんのに、てめぇはなんだ。盆がきたって正月が来たって鼻紙一枚よこさねえだろうって怒鳴りやがった。へへへぇ。どこの大家も違いねぇと思った。
おい、変なとこでへんな笑いかたするな
そうするってと、どうすりゃいいの。
願書をかくんだ。
なんだい、願書てぇのは。
字を書くんだよ。
金太郎さまは、自慢じゃないが、字は書けません。
威張ってる場合じゃないよ。硯と筆を用意しなさいよ。
そんなもん、持参しておりません。
じゃ、わたしが右筆し、奉行所に届けてやるよ。
南町奉行大岡越前守様のところに願って出た。双方から願いったもんですからすぐに差し紙がつきまして、お呼び出しということになる。

当日、一同が揃うてぇと、お呼び込みでもって、ぞろぞろぞろぞろと白洲へ入ってまいります。鎖のついた大きな戸がガラガラとあいて、ピシャーと閉まる。この音を聞いただけで悪人でもぞっとしたといいます。
正面から見ますると紗綾形(さやがた)の襖。右手に公用人、左手に目安方。縁の下には蹲踞の同心衆。どういうもんですか、同心てぇものは羽織の裾をからげております。朱房(しぶさ)の十手を持ちまして、俗に天犬狛犬(あまいぬこまいぬ)なんてことをいいます。
控えおろう、控えおろう。これ、これ、控えろ。
ひきがえる?
おい、なにいってんの。
控えろってんだよ。
ん、控えてんじゃねぇか。
胡座(あぐら)かいて控える奴があるかい。正座しなさい。正座を。
正座するの苦手なんだよ。正座するの。今まで生まれてから今日まで、ん、何度かしかねえんだ。正座すると足がしびれてかなわねえんだよ。本当に嫌いだね。役人て威張ってんね。大家さん
なにが
羽織の裾が切れてるてぇの。股引がきついのかね。
くだらないこといってないで、あれは巻き羽織ていう、ああいう恰好をしてるんだよ。頭下げて。
頭下げるの?だからこんなとこ、来るのいやだといったんだ。
ああ、そうかい。
しっ、しっ。
だれか、子供に小便させてるよ。
お奉行様の出座である。静かに。
神田小柳町大工職吉五郎、同じく白壁町左官職金太郎、付き添いの者、一同、揃いおるか。
一同揃いましてございます。
吉五郎、面(おもて)をあげい。
へい、表戸(おもてど)、今、閉めましたが。
くだらないこといってねぇで、早く頭をあげろい。
やい。面をあげろい。
おどかすなよ、こん畜生。こっちは盗みや泥棒じゃねぇんだ。落っことした財布を受取らねえって訴えてんだよ。このしみったれ野郎。
なにを、お役人と喧嘩してんだよ。
大家さん、しみったれだよ、あん畜生。羽織、はおってやがる。
なにいってんだよ。あれは同心さまだよ。 頭を上げろ。
お前さん、さげろって言ったから、さげてんのに、こんどは上げるの。米の相場じゃあんめぃし、見当がわからねーが、こんなもんでいいの。
大工吉五郎、その方、去んぬる日、柳原において財布を取り落とし、これなる金太郎が親切にも届けつかわしたところ、それを受けとらず乱暴にも打ち打擲(ちょうちゃく)に及んだという願書の趣であるが、それに相違ないか。
ええそうです。そりゃあっし、どこで落としたか、知らねぇが、家にかえると財布がねぇから。こいつは久しいぶりでさっぱりして、さばさばしていい心持ちだとおもってね。鰯の塩焼きで一杯やってると、この野郎がお節介に持って来たんだよ。それから書付と印形は、おら、貰っとくが、銭は俺のもんじゃねぇから、持ってけ、てぇと、こいつが持っていかねぇからね。おめえ、持っていかねぇと為にならねぇぞと、こいつの身のためを思って親切にそういってやるとね、その親切を無にしやがって。どうしても持ってかねぇと強情をはるからね、じれってぇ、持ってかなきゃひっぱたくど、っていたら、殴れるもんなら殴ってみろっと、こう当人が言いますからね、そいつを殴らねぇのはなにかもに角が立っていけねと思って、お注文ならってんで、ぽかっと。
おもしろいことを申すの。金太郎、そちの方は何故その折に金子を貰いうけなかった。
親方、大将、奉行さんよ。名前がわかんねぇが、冗談いうない。
これこれ、待て。天下の裁断の場所である、冗談ということはあるまい。
真剣なら、なお伺おうじゃねぇか。そういうものを拾ったら自身番へ預けろとか、どこそこへ届けろと教えてこそ、お役人だと思うがね、あっしは。自慢じゃねえが、五両や三両の目腐れ金を拾って、ねこばば、きめっちまうような、そんな、しっみたれた料簡なら、あっしは、いまごろ、棟梁になっちまってますよ。どうか一生、棟梁だけには、なりたくねぇ。人間は出世をするような災難に出会いたくない、と。そう思えばこそ、毎日、金比羅様にお灯明あげて、こっちは拝んでるんだい。
泣くでない。しからば、両人とも金子は要らんと申すか。それでは越前が預かりおくが。
そうしておくなさい。銭はわずかだけどそいつがあった日には喧嘩が絶えねぇんだから。
しかし、両人よく聞け。両人の正直により吉五郎、金太郎両人に、おのおの二両を褒美としてつかわそう。この儀は受取れるか。どうじゃ。
町役の大家でございます。両人に、なりかわって申し上げます。町内より、かような正直者が出ましたのは、われわれの誉れでございます。ありがたく頂戴をいたします。
左様か。両人に褒美をつかわせる。両人とも受取れよ、よいか。このたびの調べは、これにて落着じゃ。これからは仲よくせいよ。この度の調べ、これを三方一両損と申す。わかららなければ越前言ってきかせるが、これ、吉五郎、その方金太郎の届けし折、そのまま受取けとれおかば三両ある。金太郎もその折貰いおかば三両ある。越前も預かりおかばそのまま三両ある。しかるにこれに越前、一両を足して、双方に二両ずつ褒美をつかわした。よって、これを三方一両損と申す。あいわかったか。
ありがたきお調べにございます。さすが大岡様のさばきだ。皆に等しく、偏頗(へんぱ)なく公平で。
あいわからば、一同立ちませい。これにて、一件落着である。大分時を移した。両人とも空腹であろう、膳部をとらせい。
え。これで大家さん、おまんままでご馳走になれんだとよ。すまねぇな、おい。てぶらでやってきてよ、こんな散財さしちゃてな。おお、いい鯛だな。三崎の本場もんだ、こりゃ。おい、吉。おめぇ、この間、鰯の塩焼きで酒呑んでたろう。今日は鯛だぜ。
鯛と鰯じゃ、ものが違うねぇ。こういう鯛は魚河岸、行くってぇと、仕切が違ぜ。
見てるだけじゃしょうがねえ。遠慮なく頂こう。
どうだい、この骨ばなれのいいこと。
魚は新しくなくちゃいけねぇな。
うんうん、うまい。
塩焼きはやっぱり、鯛だ。
どうも、なんども箸が運ぶね。
おまんまが暖かいから、なお、うめぇ。
うまう。うまい。
おい、これから腹がへったら二人でちょいちょい喧嘩しようじゃねぇか。
これこれ両人ともいかに空腹じゃと申し、あまり食すでないぞ。腹も身のうちじゃ。
へい、心配ご無用、多かぁ(大岡)食わねえ。
たった、一膳(越前)。

江戸での司法制度としては、評定所と町奉行とで裁きを執っていた。大名のお家騒動などは評定所で、市民の行政司法はいわゆる番所、町奉行所で裁定されていた。
宝永8年10月から三代将軍家光が加賀爪民部少輔忠澄を北町奉行に、堀民部少輔直之を南町奉行に任じたのが最初である。
北は呉服橋、南は数寄屋橋に奉行所があり、これが月番、1ヶ月交代で勤務し、八百八町の行政に当たった。その下に大番屋、その下に自身番いわゆる番屋がおかれていた。町人の喧嘩程度であれば自身番で処理されていたので、三方一両損の裁定が、大岡越前守が行うことはなかったと考えられる。
大岡越前守忠相は延宝5年1677年生まれ、宝暦元年1751年、75歳でなくなっている。江戸中期の人。父は1,700石、旗本の大岡忠高。兄の忠品は元禄6年に時の将軍綱吉の怒りを買い遠島、従兄弟の忠英は上役を殺害した科人であり、若いころの忠相は肩身の狭い旗本であったが、八代将軍吉宗が忠相の紀州と松阪藩の境界問題の厳正な裁きを知り、彼を山田奉行に採用した。その後、頭角をあらわし、結果、享保の改革に尽くし従五位下(じゅうごいげ)の官位まで頂戴した旗本である。このころ、天保年間には江戸の町は1,679町まで倍増していた。
この人の裁定が大岡政談として世に語り継がれ、まず、講釈師,馬場文耕らが、そして落語噺となり、一部が脚色されて、歌舞伎にまで取りあげられている。
しかし、実際に彼が受けもった裁断は白子屋阿熊だけで、その他は依田豊前守政次、土屋越前守正方、松浦河内守信正らが取り扱った裁断が大岡政談として語られている。
大岡政談の内容は、天一坊、白子屋お熊、直助権兵衛、煙草屋喜八、村井長庵、越後伝吉、傾城瀬川、畔倉重四郎、小間物屋彦兵衛、後藤半四郎、松田お花、嘉川主悦、小西屋、雲切仁左衛門、津の国屋お菊、水呑村九助の16話です。
もう一人、有名な気っ風のいい奉行がいました。片肌に桜吹雪の遠山金四郎。この人も実在人物で遠山金四郎景元といい、1793年生まれで1855年、62歳で死去。江戸後期の人で、大岡の120年後の人物である。中公新書の『大江戸世相夜話』、藤田覚に詳しい。
江戸町奉行の下には与力がおり、その下に同心、その下に岡っ引きがいた。岡っ引きは目明、手先、ご用聞き、小者、聞き込みなどともいわれ、一ヶ月僅か一分二朱ぐらいの給与で働いていた。町人は事件の引き合いに出されるのが面倒だから、岡っ引きと係わり合うのを嫌う。そこで岡っ引きは町人を強請(ゆす)って小銭を手に入れていた。町人たちはこの小賢しい岡っ引きを、蝮(まむし)扱いにしていたわけである。
自身番には大家や、町役人が詰めていて、番太郎と呼ばれた小間使いが、拍子木で時刻を告げたり、荒物や駄菓子を売ったり、火事場への焚出などをしていた。
屋敷町には、この自身番の代わりに諸藩の持ちで、辻番がおかれていた。夜間などに折助(おりすけ)をともなって武士が外出している時に提灯の蝋燭がきれると、この辻番に"御番人、蝋燭を拝借" といって、新しい蝋燭をもらっていた。もらい火の中継点でもあった。
岡本綺堂に“権三と助十”(ごんぞうとすけじゅう)という駕籠担きの戯曲があるが、この噺にも越前守がでてくる。長屋くらしの大坂出身の正直者小間物屋彦兵衛が何かの間違いで人を殺したという科で投獄されてたが、本人は獄死したと越前守から大家に通達があった。事件より半年後に、その息子彦三郎が父を捜しに上京。このとき権三と助十が真犯人は左官の勘太郎であることを漏らす。
そこで大家とともに奉行所に勘太郎を突き出だしたところ、越前守は真犯人が出てくることを予測しており、勘太郎を捕えた。そして、彦兵衛は生きていて無事生還したという、切なくも、めでたい咄。
この咄でもそうだが、御上は江戸庶民の、とくに大家さんをキーパーソンとして、事件の解決への糸口を握らせていたケースが多い。人間関係が巧く回転していた時代であった。
天犬狛犬は神社の苗に据えてある一対の犬で、一対の狛犬といわず天犬狛犬と言う。
紗綾形は、卍印のことです。テレビでも斜めにブルー字で背景の襖がでてきますので確認してください。
柳原は今の浅草橋から万世橋近くまでの神田川の河岸で神田須田町寄りをいい、一帯が柳の原であったために名付けられた所で、享保年間(1716ー1736)に吉宗が江戸城の鬼門の角にあたるので、この地に柳を植えさせて厄払いとしたことより柳堤、柳原とよばれるようになった。
川柳に「竹光のさやも夜売る柳原」とあるように、大工道具や古道具屋が軒をならべていた。しかし、葦簀張り(よしず)などは安物が多かったため、柳原物といえば、にせ物の代名詞にもなっていた。また柳原土手は歌舞伎江戸育御祭佐七で辰巳芸者小糸が刺し殺される場でもある。
竪大工町は今の内神田三丁目あたりで、石田治郎右衛門が纏をつくっていた。江戸ではここ1軒のみで竪大工町の角にあったので屋号は纏屋であるが角治といわれ江戸四十八組みの纏を一手に覆っていたので有名。白壁町は現在の神田町一丁目、鍛冶橋あたりをいう。白壁町から堅大工町は近い。
三方一両損の原型は井原西鶴の本朝桜陰比事の三巻の"落として有拾い手有"であるが、三笑亭可楽が得意とした噺。
もう一度お浚いしておきます。名奉行大岡越前守は自腹を切って三両に一両足して四両にし、大工に二両、左官に二両渡す。本来なら届けてもらったのをそのまま受け取れば三両になるところを一両損した大工、拾った財布をそのまま自分のものにしてしまえば三両が懐に入ったはずの左官も一両損、両者がいらないという大岡は一両足すので一両の損、三方一両損となる。これが理屈で、大岡は社会福祉のため、自腹を切って金子を足しているのである。ここが重要なのです。
もし、この落とした金が四両であった場合は、これを遣わす時は三両ずつ褒美につかわすとすると、越前は二両足さないといけない。一方二両損二方一両損になってしまう。越前が金子を足さない場合は二両づつで分け与える事になり、二方二両損になってしまう。御上である越前守が損得なしでは裁断、福祉にならない。
このように社会福祉では御上が税としてもっているものから自腹を切ることが原則である。福祉では御上が金を支払うことがまず根本です。このために税を徴収しているのであるから。そして、医療も社会福祉の一端です。
昨年(2005年)の小泉首相のとった医療費削減は、国自らの負担を払うことなく、むしろ少なくし、国民にすべてを負担させるという、百姓一揆に成りかねない、御上の裁きであったのです。医師に生活困窮をおこさしめる、悪政であることは明らか。
サゲ、落ちは割科白(わりせりふ)で地口落といい、ここでは大岡をおおくは、越前を一膳と駄洒落。
今回は新作とまでは、いかないが、いままでに古典落語での文章化された中ではあまりできがよくないので、大幅に脚色して再構成しました。いかがでしたでしょうか。