
滅びた物は懐かしい。廃れたものには情がひかれる。子供の頃、糸巻きで作った戦車や、割り箸と輪ゴムで作った鉄砲、樟脳を舵部につけて走らせるセルロイド製の小船などの、自作の玩具で遊んでいましたが、昭和36年頃からプラモデルが流行りはじめ、正月のお年玉で、零戦や戦艦大和など買い、夏休み中に組み立てていたことを思い出しました。
また、最近、なにが原因しているのか、昭和24年生まれの自分でもわかりませんが、当時、放映された「日本かく戦へり」という太平洋戦争映画の一部が夢にでてくることがあります。そして、頓(とみ)に、嵐寛十郎の鞍馬天狗や中村錦之助と月形龍之介の一心太助、大友柳太朗の丹下左膳などの時代劇映画を無性に観たくなり、DVDで発売されないかなぁ、とか、ポスターが残っていないかなぁ、と神田を捜し廻っています。
私の郷里の兵庫県西宮市は浜辺に近いところで、東に武庫川が流れており、その土手で、あそんでいた頃、鉛筆を削るための小刀、肥後守をポケットにいれて、これで草木を刈り、玩具材にしていました。これも最近、思い出し、早速、神田の書泉グランデの九段寄り三軒隣りの野崎屋刃物店で、大中小三本の肥後守を購入してきました。カッターナイフの代わりに使っています。鉛筆は肥後守では綺麗に削れますが、カッターナイフでは腰が弱くて削れません。しかし、もう、一般には鉛筆も削らないので、この折り込み式のナイフも必需品ではなくなってしまいました。
この時、店主の野崎さんから聞き出したことですが、いまも、この肥後守の生産地は播州の三木、小野が中心だそうです。実は、播州は私の本籍地です。
そして、裁縫に使う和鋏、もしくは、握り鋏の、鋼からの製造工程で、最も難しいのは根元をU字に曲げるところだそうで、この部を「曲げケツ」といって、刃先の表裏がぴたりと挟めるように、一瞬で曲げる技術が勘所で、相当腕が上達しないと出来ないそうです。ここでも日本の匠の技術は大した物だと感心した次第です。
柏には新潟屋という刃物屋さんがあります。もともと浅草で商いされていたそうですが、新潟出身の先代が亡くなり、いまは旧水戸街道、ユーロードの大塚ふとん店の手前で、奥さんと息子さんで錐もみしているそうです。柏には刃物やの専門店は、ここだけだと思います。
話し好きの女将さんによると、和鋏を購入するときは曲げケツの具合と刃先の切れをみるために、何本かを試しに握り、切れ味を確認して購入した方がよいそうです。刃物の研ぎは、この新潟屋さんに頼むと切れ味抜群になって戻ってきますよ。手術の道具を時々たのんでいます。
ところで、何故、この小刀ナイフに肥後守の商標がつけられているのか? 精確には不明ですが、明治9年に廃刀令が敷かれ、その後、安全に使用出来る刀として、最初に、播州の刃物問屋の重松太三郎が、永尾重次という職人にナイフ製造を依頼した時、永尾は九州、肥後の名刀、胴田貫正国(どうたぬきまさくに;拝一刀の脇差しで有名)にあやかって自分の作成したナイフに肥後守と彫り込み、これを重松商店におさめ、その後、明治43年に、この肥後守を正式に商標登録した。そして、いまだに、この折り込み式の刃を納めるフクロ、鞘には商標登録肥後守と刻印されています。
ちなみに、池波正太郎の火附け盗賊改め長官、長谷川平蔵、人呼んで鬼の平蔵、が携えていた脇差しは、栗田口国綱です。これも名刀。
さて、この樟脳玉という落語は長太郎玉、すなわち樟脳玉を使って人魂にみせかけ、着物や金や雛人形をだまし盗る噺で、マクラで懐かしい、おもちゃの噺がでてきます。

出囃子 つんつらつん
マクラ
お粗末な悪たくみ
人工の魂
涙の物語
二度目の魂
サゲ
送り囃子 づぼら

つんつらつんつらつん、裏のねじで兄哥やんと、つんつらつんつらつん、片手に針金、片手に樟脳玉。つんつらつんつらつんつらつんつらつん。

古い川柳に、ごく無理な意見、魂、入れかえろ、というのがございます。
えーどういう理由か。倅(せがれ)さんが道楽をする、どうも貴様のようじゃ性がないから、これからは魂をいれかえて、もう少ししっかりやれ、てなことをいいまして。こりゃ無理な話で。そんなものは人間の自由になるべきものではないんでございますが。
よく、あの、お人形などを拵えまして、これへ魂が入ったとか、入れるとか、なんてことをいいますが。肉体というものが出来ましても魂というものがないと、これは本当に生きて働かないもので。形だけは出来ますが、この魂だけは、いまだに、どうにもならないもので。どこで売っているんですか。売りゃしないでしょうね。こりゃ神様の思し召しで拵(こしら)えになったもので、あれはどうも魂がはいっている、さながら生きているようだ、なんてぇ譬えをいいますが。
それから、人魂が飛ぶ、なんてぇことをいいますが。いまじゃそういう噺もいたしませんが、田舎なんぞへ行けば墓場から青い火が出るという、あれは燐というものが、なにかこう出るんだそうで。それが、その青い火がでたりなんかする。これは人魂がでたなんという。そういうものを見たという方は随分いらっしゃいますが。今ではお化けだとかそういうのをとんと信用しなくなりましたが。
それと昔からある行事で五節句というものを近頃はやるものと、やらないものとがございますが、五節句。
これはいうまでもなく、てぇと、正月七日、人日の節句と申します。七草粥というものをば召し上がったもので。これは七つの春の草をいれる。芹、薺(なずな)、御形、ハコベラ、仏の座、スズナ、蘿蔔(すずしろ)、という、これを俎板へのせまして、包丁でこう、トントントントンと叩いて、昔は唱え事をしたもので ”七草、薺、とうとの鳥の、日本の国へ、渡らぬさきに、ストトントン”などといったもので、大勢で囃子て。まぁ、あれは一つの厄除けなんでしょうね。そうして七草粥というものを拵えて。私も食べたことがありますがね。あんまり旨いもんじゃありませんね。
次が三月三日、上巳(じょうみ)の節句あるいは雛の節句、桃の節句なんといいます。これは女のお節句でございます。
それから、次が五月の五日。端午の節句。鯉のぼりを立てまして、こりゃ武者人形で男のお節句でございます。
その次は七月七日、七夕祭りというのがある。星祭りとも申します。七月七日とかいてたなばたと読むですが、いまなんでも字のとうりに読むという。いまにななばたという。
九月九日は重陽の節句。重陽というのは九という陽が二つ重なるというので重陽という。菊の節句とも申します。これが五節句でございますが。
今は重陽の節句もやりませんし、七草というのも、とんと行事がなくなりましたが、まあまあ、さかんなのは三月、それから五月、七月、これは、まあ、今でもやりますが、昔はもっと盛大なものでしたが。
やはり、それに因んだものをお供えしますが、雛の節句人形で菱の餅、蛤だとか赤貝なんという。あれはご婦人に縁があるといいましてね、お供えをするという。どういうところに縁があるものか、手前には判りませんけれども。
それから五月のときには、今は子供の日となっておりますが、あれは端午の節句でございまして、武者人形で粽に柏餅なんというものをば供えます。ええ、柏餅というのは男に縁があるんで。
どういうわけだってぇと、つまり大きくなって道楽をして布団がなくなった時は柏餅になって寝たりなんかすることがある。そこで、あれを用いるんだという。寝相が悪いと餡がはみ出すなんて事を言う。
お雛様というものも随分盛んなもので、雛というものをば、江戸時代に盛んになりましたのは明和の頃。池之端に大槌屋半兵衛という人が、十軒店にすんでおりました原舟月という人に依頼して人形をこしらえました。古今雛といいます。これを作らせて売ったところが大層これが流行りましたので盛んになったという。当時の川柳に、いい細工、顔もテラテラ舟の月、というのがある。これは舟の月と書いてしゅうげつと言ったのでごいざいまして、その外、お雛さまで有名なのは寛永雛とか享保雛とか次郎左衛門雛、有職雛と様々ある。
これをお終いになるときは樟脳というものをば必ず入れます。虫除けでございますね、樟脳。正徳の時分に九州の島津藩で始めて製造したもので。正徳と申しますと1700年ごろ西暦で。それから追々に樟脳というものは、これは虫除けに良いという訳で大事なものは終う。ですから箪笥の抽斗なんぞにもよく入っていたもので、黴び臭い樟脳臭い着物をだして、これを引っかけましてなんぞという。
われわれの噺のなかにも出てまいりますが、これは詰まり、普段大切にして長く着ないで終っておくから樟脳と黴びの臭いが染みついているという、そういう表現で。
よくやりましたもので、私がこどもの時分にお使いに、この樟脳を買ってきて当時は固形でなく粉でございました。桜紙という柔らかい紙のなかに適当にいれてこれを包んで箪笥の抽斗なんぞに入れる。で、あるいは虫が入ってはいかんというものに、みんな、この樟脳を入れたというわけで。
こいつを、また、おもちゃにしたのがありましてね。あの樟脳というのを丸めまして赤い色などを付ける。これをおもちゃにしたもので。どうするかってぇと、火をつけて手の平にのせましてゴロゴロゴロゴロ動かしてさえいれば手の平が熱くならないという長太郎玉という名前をつけたおもちゃで。
以前は随分幼稚なものですがおもしろいものがありまして、私がよく遊んだのはあのカードのようなものが5,6枚ずーと繋がっておりまして、持っている角度をちょっと変えるってぇとパタパタパタパタパタパタと次から次と模様が変わっていくという。
それから竹の笛へ、長い、こう紙がくついておりまして、こいつを、こうグルグル巻いておりまして。ピーと笛を吹くてえとヒュルという音がして、これがツーと向こうへ延びるわけで、ハッと口を離すてぇーと、もとのようにクルクルクルクルと紙が丸々という。ええ、おもちゃでございますが、まことに幼稚ではあるが、わたくしはあんなものでよくあそんで、近頃はもって遊ぶびませんが。
それから歌にございますが、これは雷門助六が飛んだり跳ねたり変わったりという。あれはなんのことか今はおわかりにならない方、多いんじゃないかと思いますが。ありゃ竹をこう柵きまして、こう平たいところを小さく切って、その上へ助六の形の人形がついている。なんかには笠をかぶって笠はべっこに乗っておりますが裏側のところに細い竹が糸で絡げるてありまして、逆にもってくると、そこに膠がついている。これにくっつけておきますと2,3秒後のこれが離れる。上へポーンと飛び上がるようになる。途端に笠をかぶっている人形とが別々になるという、これは助六のおもちゃで。
それから兎なんぞも、よくついておりまして。跳ねこのうさうさ、なんといういいましてね。ま、いろんな人形をとりかえてやりますけれども、そんなおもちゃがありまして、申しあげたように長太郎玉なんてもので昔はあそんだもので。
昔とちがいまして、ただ、いまはなくなりましたのが、銀座などでも、尾張町から京橋の方へかけまして夜店が随分ならんでいました。まぁ、子ども時分あの夜店を歩くということは、なんとなく楽しいものでございまして。アセチレン灯の匂いも、いまでは懐かしい郷愁を覚えますが。
それから、何様とか言って祭礼のときには、その境内にかならずこの、見せ物というものが出まして、まぁ、今でも多少は、これは残っておりますが、お酉さまなぞへ、参いりますと、蛇娘なんというのが出ておりましてね。それに、ろくろ首など子供の時分に見て実に不思議なものだと思ったいましたが、今考えれば、こりゃどうも、少し馬鹿げた訳でございますが、三味線を弾いて歌を唄う、そのうちに、この首がすーっと延びまして、これぁ、いわゆる、ろくろっ首。
河童の見世物なんぞも見せましてね、水が濁ってますから、なんだか訳がわからりませんが、中で、もごもご動いてる。あれが河童だてんですが、ずいぶんインチキなものもありましたが。
蛙娘、鳥娘なんという、これは、まぁ、こしれらえものでしょうが。なかには本物もあったんでしょう。
呼び込み木戸のところで、お客を呼び込んでおります。あれは大変なもんですな。つまり、あれでお客さまがはいるか、はいらないかという、一種異様な声を出しまして。
さぁごらんなさい。ただいま評判の蛙娘はこの子だよ。この子だよ。生国(しょうごく)は石見の国は丙郡山片村(へいこおりやまかたむら)、親は代々狩人で、親の因果が子に報い、生まれながらに手ェ、手の指が三本だよ。また見ようといって、またお目にかかれません。見るは法楽、見られるは因果。さぁどうぞ見てヤッテ下さい。さぁ、お客様方に手ェ、手を見ておもらいよ。あら生きているよ。
なんてんでね。圓生は以前やってたんじゃないか、あたしゃ、やりませんけれども。まぁ、縁日なぞへ行って、よくこういうものを見かけましたが、ずいぶん中には変なものもありまして、
さぁ、ただいま評判の大猿、小猿だ、さぁ見ておいで、大猿、小猿だよ。
なんてんで、中へはいってみると、なんにもありません。で、ね、笊がある。大きい笊と小さい笊がある。大きい笊に小さい笊だてんですがね、実にどうも人を食ったもんで。
六尺の大鼬(いたち)なんてんで、六尺の大鼬てえから、どんなもんだろうと思ってはいりましたら、なんだか、板があって、まん中に血がついている、で、六尺の板に血がついているから、大板血だてんですが、実にどうも、こういう馬鹿げたことで。
その縁日の中で売っておりましたものに長太郎玉というのがありました。
いつ時代でも、この旨いものを食って、何にもしなくって、ブラブラ遊んで世の中を呑気にくらしてみたいという、洵に虫のいい人間がありまして、目の寄るところへは玉、といって同じような奴がよってくるもので。

おい、兄哥。いるかい。
誰れだ。おお、どうしたい。上がれあがれ。
居てくれたかい。
なんだ。
どうも。兄哥にね、相談があって来たんだがね。ええ、どうもこうも、みてくれ、このとうり。出るとは取られ、出ると取られでしょうがねぇんだ。ああ、もう薬缶へ入って蛸同様てぇやつで、手も足も出ねぇんだ。これじゃどうも宝華者(ほうげしゃ)がつかねぇから、なんか、いい仕事はねぇかと思って。おれは、三日三晩寝ずにね、やっと一つ考えついたことがあるんだ。
うん。
で、こいつがうまくいきゃ、たんまり銭が儲かるんだ。ところがどうもひとりじゃいけねぇんで、兄哥に片腕、貸してもらおう、と思って、相談にきたんだ。
なんだ、儲け口?え、それはありがてぇ。おれも、今銭なしで、弱っていたとこなんだ。ああ、いいとも、いいとも。片腕でも、両腕でも、貸そうじゃねぇか、どんな仕事なんだい。
とにかくね、これはね、うまくいきゃ、ちょっとした銭がはいる。おれがね、三日三晩寝ずに。
わかった、わかった。早く話しをしろい、なんだ。
話しをするがね、ちょっと裏を閉めてくれ。
裏口?
もし、人に聞かれちゃ、まずい事なんだ。
あ。よしよし、さ、裏口を閉めた。なんだい。
引き窓があいてらぁ。
引き窓なんざ、いいじゃねえか、開いてたって。
だけどもよ、なんか、お天道さまが見通しだなんてことをいう、天から睨らまれているようで、ちょいと話がしにくいから閉めてくれ。
引き窓を閉めりゃ暗くなっちまう。よし、ほら。さ、しめた。もういいだろう。
ついでに、お仏壇を。
仏壇なんぞ、いいじゃねえか。
だけどもよ、こういうことは御先祖へ、聞かしたくねぇ事なんだ。
うるせぇ野郎だな。おれんとこは扉がねぇんだよ。風呂敷を掛ける、ほおらこれでいいだろう。なに。
猫がいるよ。
猫なんざ、いいじゃねえか。
いやだよ。猫は魔の物、夜出て踊るなんてぇことをいう。こいつは魔物てぇからね。この話を聞いてちょろっとおめぇ人間に化けてしゃべられた日にゃ、えれぇことにならあ。すまねぇ、それ追い出してくれ。
うるせぇ野郎だな。シッシおい。驚いて飛び出していきやがった。もうなんにもねえ、こんどはいいだろう。
まだいけねぇ。
まだいけねえって、どうして。
おめぇが聞いてら。
この野郎、いいかげんにしねぇと、はりっ倒すぞ、こん畜生。おれが聞かねぇで、だれが聞くんで。
へへ、なるほど。まぁ、それもそうだ。
何を言ってやがるだ。早く話しろよ。じれってぇな。なんだよ。
まぁそう怒るなよ。話をすると、あの長屋の捻兵衛(ねじべい)な。
捻兵衛、どうした。
世の中にあんな変わったやつはないね。え。朝起きるってぇとあの野郎、ま、掃除をしたりしてやがって、表で会うてーと。どうも、お早うございますって、天気の時だと、今日はまことに結構な、お天気さまでございます、なんて言いやがる。お天気に様つけてやがる。雨がふったときなぞ、うっとうしい、どうも、お天気でございますね、なんて。寒いときだと、お寒うございます、暑いときは、お暑くなりました、なんて言いやがってね。どうも、へへへ、変った野郎だね。。
なにを言ってやがる。なにも別に変わってちゃいねぇ。あたりめぇじゃねぇか。
へへへ。なんだか知らねぇが、ねとねとした野郎だ、あん畜生。だけども、あいつの嬶てぇのはなぁ、いい女だね、え。兎に角、あの野郎なんざに、あんな、かかぁ、もたしておくてぇのは、もったいねぇと思ったね。その替わり大事にしやがったね。もっとも、話を聞いたら、あの、かみさんてのは、もとは、立派なお屋敷へ、ご奉公をしていたそうだ。
奥様のお気に入りで、おさがりを頂いたり、お給金をふんだんに頂戴ができる。こんな良いことはねぇから、ま、生涯奉公しようてんで腰を据えていたところが、おめぇ、なんかのことで屋敷がつぶれちゃったてんだ。行きどころがない。どうしよう。ま、しょうがないので、どっかへ縁づこうてんだが、いままで楽をしたんだから、どうか骨の折れるところは嫌だから、自分を大事にしてくれるところならば、器量や年はかまわないからという。だれが世話したか知らねぇが、捻兵衛のかかぁになったてんだがね、あん畜生はまた、かかぁ孝行だからねえ、大事にするたっておめえ。おれ、時々ね、朝なんか三段起こしだ。
三段起こし?なんだい、それは。
おれはね。捻兵衛のうちに行くんだよ、朝。
なんか用があるのか?
いいや、別に用はねぇんけれどもね、えへ、かみさんの顔が見てぇからね。
気味の悪い野郎だな、こいつは。かかぁの顔なんか見たってしょうがねぇじゃねぇか。
しょうがねぇたって、楽しみなんだよ。おはようございますって、入っていくとね、捻兵衛が出てきて来やがる。いらっしゃいませ、まぁまぁまぁ、どうぞおかけくださいまし、なんて言いやがって、おれがあがり框に腰をかけてると、そのうちお茶入れやがってね、粗茶でございますが、召し上がりまして、なんて言いやがる。その茶をのんでると嬶(かかあ)の枕元にいって起こすんだよ。えへへ、これがね、三段起こしってやつでね。お前、起きないかい、ねえ、もうお起きよ。八っつぁんがきたから目をおさましよ。ちょいと、もう、お起きないかい。
な、な、なんて声を出すんだ。
これが、おめぇ、三段起こし。一遍に大きな声を出して虫が出るといけねえってんで、だんだんこう声をせりあげていく。
てめぇなにか、その話をするんで引き窓を閉めて、猫を追い出したのか。
へへへ、そうなんだ。
こんな馬鹿ねぇや。そんなこと、おめぇに聞かなくったて、長屋にいりゃ、みんな知ってらぁな。
だけどもさ、その、おめぇ、大事にしていた嬶(かかぁ)、この間、ぽっくり死んだろ。
うん。
野郎、がっかりしやがって、どうも、未だに仕事もしねぇで、仏壇の前へ坐って念仏ばかり唱えてやがる。こねぇだも、そうっとのぞいたらね、ああ、つまれねぇこと言ってやがんのよ。
ん。
どうしてお前、死んだんだよ。あたしは生きているのに、お前だけ死んじゃって。人間てぇものはどういう理由で死ぬんだろうね。情けないよう、って泣いてやがんの。へへへ、くだらねぇことを言ってやがんだ。どういう理由ってな、死なずにいた日にゃ、爺と婆がばかりが増えちゃって、どうにも動きがつかなくなっちまう。そのおめぇ、嬶が死んじゃって、あいつ、毎日拝んでばかりいやがるんだ。そこでおれが考えたのは、やつのうちのね、手水場(ちょうずば)が、いま入れねぇんだ。こわれちゃって、長屋のね、外後架(そとごうか)かりにいくんだよ。
うん。うん。うん。それで。
おれがね、隣りに噺家がいるんだ。怪談をやる。
うん。
あいつからね、幽太の衣装をかりて。
幽太の衣装?
お化けの衣装だよ。幽霊の着付けをして頭に鬘(かつら)をかぶって。おりゃ、憚りのところにいる。野郎がきやがったら、あたしゃね、着物やお金に気がのこって、未だに浮かばれずにこうしているんだよ、すぐにお金やきものをここに持ってきておくれよ、うらめしいよ、てんでね、出る。
ちぇ、変な幽霊だな、ふんふん、で。
そいで、あいつ、嬶の言うことならなんだって嫌とはいわねぇや。いいよ、いいよじゃ、いますぐに持ってくるよってんで、金や着物を持ってくらぁ。それで、金は懐にいれるけれども、着物は困る。いくらなんでも幽霊が荷物背負ってひょこひょこ歩くのはみっともねぇや。ね、そこで兄哥が一役かってもらう。竹の長げぇ棒へね、すっかり謀(たばかり)をぬって、真っ黒にしておく。その先の方へ釘を一本うっておく。遠くからそーっとだして釘へひっかけて、ツーーーと荷物が宙づりになる。暗いなかで、おめぇ、荷物がひとりでに上に持ち揚がりゃ、野郎はびっくりすらぁ。南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ、なむあみだぶつてんで、目をつぶって拝んでいる。そのうちに、おれがすーっと逃げる、兄哥は荷物をもってづらかり、あとで、二人でこいつを分けようてんだ。どうだ。
じゃなにか、それを考えんで三日三晩、寝なかったのか?
そう。
下らなねぇこと考えやがる。南無阿弥陀仏と言って目をつぶってりゃ、ずらかれることがでけるけれども、あんな野郎だ、てぇえと知られねぇで本物だと思って、ああ、おまえよく出てくれた、なつかしいよ、ってかじりついてきたらどうする。
なるほどね、ことによると、あいつのことだからな。おれにこう抱きつくかもしれねぇや。あいつにね、そうなりゃしょうがねえ、相撲の手で、おれ、ほおり投げらぁ。