はじめに

 ガセネタの語源は、的屋の隠語で、「騒がせ」の、がせと、情報のもと、種をひっくりかえして、ねた。これをくみあわせた、紛い物、偽物情報のことですが、国会議員でこれが大好きで、下劣で、自ら、国会議員の品位をさげてきた若手議員がいた。いままで、国会の野次で、何度も問題にとりあげられた民主党の永田寿康議員である。今回、大敗選挙で、巻き返しをしなければという瀬戸際でのガセネタによる、自民、公明倒しのもくろみであったが、肝腎のところでドデカいミスを犯してしまった。

 平成18年2月16日の国会予算委員会の場で、民主党の永田寿康議員が、ホリエモン事件にからんで、さきの選挙で、武部幹事長の次男がホリエモンから3000万円を相談料として、受けとっていたという。根拠はホリエモンが打ったメールのコピーを手に入れたという。3月2日の謝罪会見で出所もいわない、中途半端な謝罪で、自民側は容認できないと、議員辞職を願っている。

 そして、事件の1ヶ月後の2006年4月1日土曜日、前原民主党代表の辞任と、永田代議員の辞職を党自体が発表した。この対応の悪さは千葉2区での選挙がひかえているためでもあった。

 なぜ、ホリエモンを衆議院選挙に、それも、広島2区の亀井氏の対抗馬にえらんだのか。人を見る目がなかった自民本部を責めるべきであった。その責任を小泉と武部に尋問したほうがよいとおもうが、ガセネタで自民をゆすっては墓穴をほりだすだけだ。

 デマはデモゴギーからきている。

 さて、今回は地震の続きで、その予知が可能か否かを検討する。

   

地震予兆と電磁波による予知

 1923年、大正12年9月1日、午前11時58分44秒、土曜日に襲来した関東大震災(M7.9)の被害は、火災がおもであったため、その被害死亡者は実に約142,000人におよび、日本史上、最悪であったことは、『関東大震災』で詳しく述べた。

 日本の近代の地震での被害死者が多かったのは、あの1995年、平成7年1月17日、火曜日、午前5時46分52秒におこった阪神淡路大震災(M7.3)で、その死者は6,433名であった。
 ついで、大きな被害をだしたのが、1933年、昭和8年3月3日、午前2時32分14秒に発生した三陸沖大地震(M8.1)で、30分後に大津波があり、津波災害で、死者は3,064名である。

 これらの地震は、室町時代のころから、鯰が騒ぐのが原因と考えられていたようで、秀吉が地震のことを「なまつ」と表現していることは上述した。
 江戸時代の『安政見聞誌』にも載っている。そのため、茨城の鹿島神宮の要石は、鯰の動きを封じ込める石と伝えられている。
 また、芭蕉は江戸三吟で、長十丈の鯰なりけり、と地震を龍にたとえて美化している。そして、長崎のオランダ商館のケンペルは『日本誌』に、日本人は地震の原因を鯨と思っていると記載している。これは鯰と鯨と間違えたものと思われる。

 江戸風刺絵に面白い、傑作が残っている。「鯰共応の図」というのがあって、姉歯氏のマンションの手抜き設計事件(平成17年暮れに発覚した事件で、マンション設計に鉄骨などを数少なく安くできるように設計した)を皮肉っているようでおもしろいのだが、、地震で儲けた材木問屋たちが、のめや歌えやと、大鯰の大将に羽織、袴を着せて上座に据えて、芸者を侍らせ、料亭で接待している図である。

 鯰の地震との関係の正当な研究として、東北帝国大学の畑井新喜司博士により研究されていて、これによると、地震の数時間前から外部からの反応に敏感になると報告している。これで地震の前兆、予知方法にならないかと考えた。

 寺田寅彦は1930年、昭和5年に伊東沖群発地震と鰺の漁獲量との関係を論文として発表している。地震発生とともに漁獲高は激減する。しかし、これは地震後の調査での数値であって、予知にはならない。

 いままでの地震のときに、動物が異常行動をとることが報告されてきた。スマトラ沖大津波でもゾウがすばやく予知し、逃げだして助かっているし、繋がれていたり、囲われていたりした動物以外の、ネコ、鼠などの動物は予知して逃げて、全く被災していない。津波後には、これらの動物の死骸はみられなかった。

 関東大震災では巨大な地震雲が発生したとか、阪神大震災では上空に円盤状の発光物体がみられたとか、中越地震ではネズミが異常行動をおこしたとか、コイが池を飛び出したなどの動物の異常行動や、異常気象が予兆としてあげられていた。奥尻島ではネズミが急に増えたという。

 佐久間象山は『人造磁?(じけつ)』という磁石分銅をつるしておいて、地震がくると、これが落ちる仕組みになっている予知器を考案している。

 力武氏によると、中国では、これらの地震予兆のことを、『宏観異常現象』といって、観測機器によらないで、人間の感覚で地震の前兆現象がわかる人もいるという。

 これらの動物の異常行動や異常気象は、平成15年2003年からの研究では、電磁波に反応した結果とかんがえられている。
 この電磁波は、地震の前の地下の微小破壊により発生した電磁波で、これは、大地震の1週間前から観察されるため、この異常電磁波をとらえることで、大地震は予知可能であると考えられている。

 電磁波の異常発生でおこりえた動物、気象、電化製品の変化としては、

 動物・植物の電磁波による前兆現象
  人間   気分が悪い、頭痛、肩こり、めまい、みみなり。
  ネコ   そわそわ落ち着きがない。裏声で鳴く。
  イヌ   不安げ、悲しげに吠える。
  ネズミ  騒ぐ。
  アヒル  水に入らない、。
  ナマズ  素面に浮かぶ、敏感になっている。
  メダカ  一直線になって泳ぐ。
  オジギ草 葉を閉じている。
  シュロ  葉が上を向く。

 気象・電化製品の変化
  空    異常発光
  地震雲
  地震霧
  つくね雲
  クーラー 自然にスイッチガが入る
  ラジオ  勝手になり出す。
  リモコン 作動しない。
  カーナビ 矢印が異常方向をさす。
  冷蔵庫  ガタゴトなり出す。

 以上のこのことは、池谷元伺、『大地震の前兆』、平成17年、青春出版社、2005年にくわしい。池谷氏は地震の前兆現象はすべて、異常電磁波の発生で説明出来るとしているが、他の地震学者らは、すべての予兆、前兆現象を電磁波としては説明できないとして認めていない。

 実際に、この異常電磁波の測定は、FM電波を測定することによって可能である。通常は送信局から発せられてFM波は電離層で反射して、受信者のアンテナまで送信されるのであるが、地震電磁波がでると、地面は+に、電離層が-に帯電し、その電離層が異常にふくらみ、このふくらんだ電離層でFM波は反射する。受診側の手前で反射してしまい、FM波は、受信側には届かないので、受信度が悪化する。この受信異常がおこれば、異常電磁波がでていることになる。

 この異常電磁波の測定は実際にすでに各地でおこなっているので、ハザードマップの作成とともに、行政が取り組む防災マニアルの1つと考えられる。しかし、柏市ではいかようになっているのか不明である。

   

予知のデマ事件

 関東大震災の朝鮮人暴動のデマ以外に、今村助教授の60年説など、予知には人心を惑わすことがある。
 IT化にともない、テロと同様で、地震予知や津波の予知も国際的になってきている。

 最近の地震予知のデマとして、茂木氏がとりあげているのは2つで、その一つは国際問題になったケースで、米国MITの地質研究者プレディは岩石破壊実験の研究をおこなっていた。その研究論文はまともなものであったにもかかわらず、何を思ったか、1979年から1年間の間にペルーにM8.4の大地震がおきると予知したために、ペルーでは学童の疎開、観光客激減の騒動が発生した。実際には地震は起きなかった。

 1995年平成7年5月に「東京100キロ圏内で、M7以上の地震が5月24日から、30日以内におこる」、もう一つは9月9日には、東京に大地震がおきるとのデマ情報が、中国北京の中国科学院の学生が、具体的に日付と場所を日本の国土庁に伝えてきた。1月17日阪神大震災のあとだけに、省庁が一時パニックに陥っている。
 中国側の地震の根拠は、気圧配置とセキセイインコの異常というもので、日本側の観測で地震の前兆はないことが判明した。
 外国の人間が占いの範囲で地震予知情報をながして、パニックを起こしてやろうという悪戯で、このようなデマに嵌りやすいのが日本人である。

 科学的根拠とは何かを日頃から考えておかなければならないが、それには、逆に、人間の考える占いの内容や、どのようなデマが多いかも知っておかなければならない。

 いずれも地震はおこらなかったが、デマを全く無視するのはむずかしく、デマと判定するまでに、少々時間がかかる。空振りでも、避難程度ですむならば、信じてもよかろう。

 石橋克彦氏によると、地震の予知はできるか、との問いに対し、
 1、わが国の地震予知事業として政府が官僚主導、学問不在のかたちで、総理府に地震調査研究推進本部がおかれているだけである。これでは予知は不可能。
 2、地震の予知は可能かという問いには、病気は治せるかというのに等しい。完璧な予知は、どのような方法でも、半永久的に、無理だ。
 3、正確に、どの場所に、どの程度の、いつ、おこるかの予測は無理。
 4、真の地震予知として、地震学で、細かな、岩石破壊の研究を広くおこなう事。
 5、リアルタイム地震学といって、岩石破壊現象情報を即時報告するシステムの構築。
 6、応急的地震予知として、現在の東海地震、東京大地震予知のように、不確実性が大きいが、一発勝負的に、来襲するおそれを応急的、大局的地震予測として報道していくこと方法が最善。

 わたしは今の結論で、やはり、鯰がよいと思う。異常電磁波の予知で充分だろう。
 しかし、柏市は、予知に関しては、全く何も採用していないのが現状だ。

   

柏05大災害医療シンポのまとめと批評

 2005年、平成17年9月10日、サンガーデン柏でおこなわれた。先ず、中越大地震被災地の小千谷総合病院常勤理事横森惟忠紘氏の発言から、

 中越大地震は2004年、平成16年10月23日、土曜日、午后5時56分、に突然、震度7が襲来した。

 病院には土曜日であったが、まだ看護婦(師)さんが残っていた時間帯であった。

 昨日の術後の患者さんが、挿管した状態でICUにのこっていたため、看護婦(師)さんは、ICU室の患者のところに走った。
 「夕飯の配膳が終わり、薬の準備に取りかかろうとしたときに最初の振動がきました。病室の壁が崩れ落ち、天井から水が落ちてくる状態で、反射的にICUに駆け込み、ベットに飛びつき、点滴チューブがはずれないように右腕で支え、右手先で挿管チューブがレスピレーターから外れないように押さえて、左手は、自分が飛ばされないようにベットの柵を握りしめていました。阪神大震災で病院が倒壊した映像が頭にうかび、自分はこのまま死ぬんだなあと思ったら、覚悟ができて冷静になれました。」

 病棟の看護婦(師)さんの証言。
 「いきなり廊下の左側から右側に飛ばされました。細かな粉塵が舞って眼鏡が真っ白になりました。天井から水が降り注ぎ、立つていられない状態で、手すりを伝いながら病室から病室へ大きな声をかけて回りました。どの部屋もテレビ、お膳、割れたガラスなどが散乱していました。すぐに当直事務から避難命令が出て、4人1組で患者を運び始めました。緊急時に患者をどう運ぶか、あらかじめ、決めてありましたし、病室に表示してありました。訓練どうりやればよいと皆で確認し合い、修羅場の中で、みな冷静でした。」

 このふたつとも、涙なしでは読み終えられません。日頃の訓練に真剣に取り組んでいたので、神は彼女たちを助けたのだと思う。これこそナイチンゲールの精神である。そして、あの奇跡の一瞬、崩れ落ちた岩間から、レスキュー隊が細心にして、大切に、優太君を救出した場面がよみがえります。

 以上のことがらを念頭におき、ここで柏市に直下型地震が来たときに市行政の防災が考え出したマニアルは満足なものではないことは判断できるであろう。
 それではどこまで、手直しすればよいのか。まず、通報について。

   

通報について

 パンザマスト、防災行政無線が柏には160箇所あるというが、大災害、とくに大地震が襲来した場合や、利根川氾濫の場合などの水害は、すべての柏住民が、一瞬に、同時に被災するであろう。したがって、このパンザマストで、何を市民に知らせるというのだろうか。「ただいま、大地震がおこりました。直ちに避難して下さい。」とでもいうのか。皆、「知ってるよ、いま先っき揺れたよ。」とか、「今、水浸しだよ。」いうだけになってしまうだろう。

 通報は震災に際しては、予知でなければならない。
 そして、これの報知装置は大災害でも作動するのか。無線であるが、電気は使用していないのだろうか。震度7で、ちゃんと突っ立っているのでしょうか。

 パンザマストの呼びかけのみではなく、また、年に一度ではなく、毎月1回、避難場所の確認、情報の伝達方法の確認、避難時に持ち出す物の確認、強震に際しては、5分間は部屋の机の下に潜り、その後、避難場所で待機することを徹底してはどうか。

 水害に際しては、高台まで、急いで、振り返らないで、一目山に避難すること。

   

行政の行動について

 だれが、どのような状態で警報をだし、各自どのような行動をおこせばよいのかを、各地区で具体的にしめしておくことが必要である。たとえば、各家に防災グッズを備えているか、常備服用薬は、ペットの処理を、毛布は最低1枚は備えていること。家財道具はもちださない。火、ガス、薬品の処理をおこなってから、避難場所までの、歩いての道順、家族、近所のひととへの通報方法など、非常時での行動を、頻回に繰り返し、訓練しておく必要がある。

   

被災規模想定について

 ついで、柏の人口39万人で、大地震の災害程度を強震7、冬と想定しているのも拘わらず、予想災害は、全壊167棟、半壊8,163、出火14件、延焼7件、焼失棟2,522、死者118人、負傷者1,117人、罹災者数42,556人、罹災世帯15,102世帯と予測している。

 ほんとうに、真剣に考えた数値だろうか、疑いたくなりませんか。この予測値は実にあまいで低くすぎる。すべての数字で5,6倍の被害を想定しておくべきでしょう。柏市には耐震構造の病院、住宅は存在しませんし、とくに駅周辺、豊四季団地、光が丘団地では全滅全滅の覚悟が必要だ。この3カ所だけでも死者は千人は下らないだろう。

 さらに、平成19年には高層マンションが乱立しているのである。

   

ライフラインについて

 食事、水などのライフラインの確保、トイレの設置については、僅かであるが確保されている。食事は、なんと3食分で、次の日には救援が運んでくることになっているのだが、これも、ほとんど盲目的、机上の空論的数値といわざるをえない。

 中越大震災と阪神大震災を比較して、なんと、小千谷市と神戸市は、ほぼ同じ面積で、小千谷の人口は4万2千で、死者は10人でした。ですから、柏市では、10倍とかんがえて118人の死者数の予想は妥当な数ということになるのかもしれませんが、神戸市では152万人の人口で、6,000人(正確には6,433人)がなくなっている。柏市の人口が神戸市の人口の1/4として、1,500人の死者がでると計算しておいたほうが、より正確な数値ではないでしょうか。人口密度からいうと柏市は神戸に近い。

 さらに、他市との通信について、千葉は利根川、江戸川、東京湾、房総の海と、すべて水で囲まれている。このような、県は日本では千葉のみである。他県に避難が必要な場合には橋を利用しなければなりません。しかし、橋は崩壊しているので、つかえない。船か空を利用するしか方法がないのである。

 大災害では茨城、東京、埼玉に避難させる必要があるので、船、ヘリの利用を考えておく必要があるし、他県の通信通報方法や、他県への救護所、病院も想定しておかなければならない。この点では千葉県の防災予想も甘い。

   

地震規模について

 手島先生が鋭い質問された。柏は地震情報で、いつも1ランク下。なぜなのか、検討しておく項目だと、された。すなわち、茨城が震源地で、震度4の場合は、柏は3で、松戸が4。茨城が震源地で震度3の場合は、柏は2で、松戸は3のように、なぜか、柏は震度がいつも、1ランクひくいのである。これは、恐らく、柏の地層が柔らかいのではないかというのが、手島先生の意見であり、市のほうも、これを認めている。

 さらに、強震度での、避難命令を発する市職員の判断がきまっているのか。大地震への行政の人事派遣は命令を出すので重要。そのほかのボランチアの数もいれておいた方がよい。
 市役所も全崩壊しているハズだ。大震災ではトップダウンで、スピーディーな行動が要求される。

   

避難場所について

 小千谷は、救護所は9箇所おかれた。柏では、どの程度の救護所が必要か。最低100箇所は必要でしょう。避難場所、救護施設は少なすぎはしないか。被害場所から、近隣の救護施設に、どのような方法で、だれが搬送するのか。
 各医療機関では、200人前後の創傷処置が必要でしょう。

 救護場所は、どの建物を利用するのだろうか。テントにするのか。ここに創傷処置を施すための創治療材料は、だれが、どこから調達するのでしょうか。心停止の人にはAED自動体外式除細動器が必要で、どこに設置されているのか。柏の小学校にはACE装置が用意されているが、学校のどこにおいてあるのか市民はほとんど知らない。

 救護所12箇所は学校校舎に建てるつもりであるが、校舎は壊滅しているのだから運動場になるとおもうが、そのテントはだれがたてられるのか。そのテントはどこから、誰がもってきて、だれがたちあげることができるのか。

  

救護所と創傷処置について

 救護所は大学病院か市民病院となっているが、おそらく両方の病院は壊滅し、とじこめられた患者さんを運び出す作業でごった返しており、使用できないだろう。

 国道16号も6号もあらゆる所で分断されている。水道管は破裂している。そこら中で水浸しで、学校や病院やコンビニ、工場町から火がでる。道路の分断、狭小で消防車は到達できない。
 地元の人々の作業に頼るしか方法がないが、破壊防火をおこなっていってもよいのか。

   

医師の行動について

 小千谷のように、まず看護婦さんの行動が大切であることが、折角、示されているのであるから、48時間マニュアルは看護婦さん用に作成されなければならない。

 その、医師会の48時間マニアルを見て頂きたい。皆さん利用できますか。チャートと無線の表を見て、実際に地震にあったときも、慌てずに、連絡できるでしょうか。
 先ず本部がどこで、さらに、最初の連絡はどこがてきせつか、県庁か、市か。市役所も回線不能状態でしょうから、やはり県でしょう。日頃から無線が使えるように訓練していますか。
 その後、各病院に連絡がつくのか。救急搬送しなければいけない患者数とその応需病院をきめられるのか。応需病院の連絡電話もわからない。医療健康管理センターでよいか。だれがそこまで行くのか。

 まわりの被害負傷者を先ず助けてあげて下さい。それからです。医師は動かないこと。
  医療設備と医療スタッフには、その救護場所に急行すること。

 小千谷では孤独死は殆ど皆無。1名だけ。これは県民性というか、小千谷は戊辰の役で、官軍と戦った、河井継之助をうんだ土地柄であり、山本五十六元帥の故郷でもあり、地域のつながりが緊密である。千葉、柏は、このような県民性は皆無とかんがえた方がよい。

   

あとがき

 直下型大地震ということばは阪神大震災でマスコミがつくりだした用語で、なにやら、都市のスグしたで地震が発生したようにおもうが、そうではなくて、その地下の浅いところで起こった地震で、地震学からいうと「首都県直下の浅い地震」とよばれるべきで、地震が深い場合は激震にはならない。

 茂木清夫氏氏は、現在で、地震防災に必要ようなことを、

1、都市に防災空間をつくること
2、都市建造物の容積率緩和構想
3、臨海は危険
4、完全なハザードマップを
5、首都機能移転構想は必要

 都市を襲撃する地震は程度がおなじでも、その被害は拡大していることを示している。例として、金華山沖の地震でみてみると
       1936年 M  7.5  死傷者4名
       1978年 M 7.4  死傷者27名
 同じ程度の地震でも被害は増加している。この理由として、仙台の人口は1936年では21万人で、1978年には64万人と3倍増加しており、建造物は東部の土地軟弱地盤と北部南部に新興住宅として急増している。
 いわゆる乱開発により、地震の程度が同じでも被害はおおきくなるのである。現在の日本都市は、日本改造論田中角栄の産物である。
 また、ガス管の破裂、下水路の崩壊による感染症の発症、ブロック壁の下敷きになって死亡したのが27名もおり、家屋の倒壊では12名であったのに、この時点で、建築基準法が改正されているが、柏ではまもられているのだろうか。

 千葉県医師会雑誌2005年57巻8号に安房の渡辺伸宏先生が2005年1月12日NHKの『その時歴史は動いた』で、スマトラ沖大地震インド洋大津波をうけて、戦前国民小学校でおそわった「稲むらの火」をおもいだされている。モデルをはじめて知ったとのことであった。これについては『八雲と津波』のコラムを参照にしてください。

 明治以降の学校の教科書は、始めは明治4年の中村正直の木版からはじまる。
明治5年1872年に文部省から学制が発布され、国定教科書がはいふされたのがこの年である。
 2030年、あと14年。これまでに、南海トラフの活動で、大地震大津波が発生する予測である。災害を伝承すること、いざのときの迅速な判断と行動、防災教育の推進、これらが被災軽減の方法である。

   

参考文献

 1)池谷元伺、『大地震の前兆』、平成17年、青春出版社、2005年
 2)茂木清夫、『考え直そう、地震防災』、平成11年、岩波ブックレット、1999年
 3)石橋克彦、『阪神・淡路大震災の教訓』、平成13年、岩波ブックレット、2001年
 4)柏市医師会会報、平成17年、秋号、2005年
 5)力武常次、『予知と前兆』、」平成7年、近未来社、1998年
 6)渡辺伸宏、千葉県医師会雑誌57巻8号2005年

   

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