前回のシーボルト雑感は楽しんでいただけたでしょうか?残念ですが、反応がまったくありませんので、当方には様子が伺い知れません。2003年、平成15年が始まり、正月以降寒波で冷え込み、日本経済の長期不況が酣、倒産で店終いしているところが目立つ、大変な時代が到来してきました。洵に、一琴一鶴(清廉潔白なこと)なる政治家がほしい方今。

 自然の方は人間のくらしには目もくれず、椋鳥、四十雀、小雀の喚声がけたたましく、木の実を食べ尽くし喧しいこと。そして、寒椿、侘び助、山茶花が窮屈そうに咲き誇り、韶景(春のよき景色)を楽しめる季節になってきました。「月も朧に白魚の篝も霞む春の空 つめてえ風もほろ酔いに 心持よくうかうかと 浮かれ烏のただ一羽 塒へ帰る川端で 棹の雫が濡手の泡 思いがけなく手に入る百両 ほんに今宵は節分か 西の海より川のなか 落ちた夜鷹は厄落とし 豆たくさんに一文の銭とちがって金包み こいつぁ春から 延喜がいいわえ」と歌舞伎の三人吉三廓初買で菊五郎扮するお嬢吉三の名科白。節分も終わり、熙春(寒さが去り春がきた頃、熙はやわらぐこと)の頃、2月如月末日に書きあげました。

 今年、正月の東京大丸盆栽展では柏芳園の姫柿がダントツにすばらしかった。観覧の帰りに万年青を買い求めた。いまも、清々しい佇まいで、待合いの患者さんを迎えており、診療室では小さな橙色の花を終始つけている長寿梅が、2代目東福寺作の深緑色の小鉢に、古風にその樹姿を披露しております。患者さんの数は減少していますが、天皇陛下が前立腺癌手術をうけられたために、前立腺腫瘍マーカー測定希望者が少し増えました。道楽のクラシック音楽では平成13年12月9日に歿した原智恵子さん(1914〜2001)の昭和37年1962年12月4日世田谷区民会館での日本フィル、指揮渡邊暁雄のショパンピアノ協奏曲第1番がすばらしい演奏でしたし(COCO83614)、亡夫カサド氏のドヴォルジャークのチェロ協奏曲を貴重SP盤で聴き込んでいます。

 また、朝日新聞社が出版している"国華"という重厚な和綴本の雑誌を定期購入しており、毎月国宝、重要文化財の説明と写真を読書観畫している。

   

 春夏秋冬の截然たる四季の移ろいは、わが国の文化のおおいなる母胎でありました。繊細で鋭敏な神経を働かせ、微妙な感性で自然の変化を察知する、この日本人の美しい情操は、文や絵や歌などの芸術に表現されてきた。平安の時代から、ことに春と秋の趣を言挙げし、いずれが優れているかを論じる、いわゆる”春秋の争い”という文学的伝統さえありました。吉田兼好(1283-1350)の徒然草第19段には”折節のうつりかはるこそ、ものごとにあはれなれ。もののあはれは秋こそまされと、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、今一きは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。”と春に軍配をあげている。こうした鋭い感性にもとづいて、四季の風物や自然を描くこと、あるいは1年12ヶ月の四季の中で次第に定着していった宮中の儀礼やさまざまな祭儀、年中行事の絵画化は早くから行われ、営々と受け継がれてきました。

 しかし、最近、四季が暦とズレてきており、時折、異常現象などと気象庁から発表されることがありますが、これは太陽暦(グレゴリオ暦)であるために起こるズレで、気象とカレンダーの間の錯覚である。四季の変化が顕著な日本では太陰暦(旧暦)を参考に、生活リズムを組み立てた方が、自律神経失調症には特によいとされている。季節物の商品開発や販売面からも旧暦を使用したほうが的確であることが多い。百両も手に入るかも。そこで、今回は暦について纏めておきますので何かの時にご利用ください。

   

 暦のまえに先ず時刻についてです。江戸時代の生活で画期的なことは、エネルギーの消費を極端に減らした省エネ生活であったことです。火、水、光、音、生活小道具、衣、食、住、生活排泄物、いずれもかなり省エネ策でした。これは電気、ガス、ガソリンがありませんのでエネルギーがかなり節約できます。しかし、生活スピードは遅く、デジタル時代よりかなり不便であることには間違いありませんが、生活テンポはゆったりとしており、人間行動学からみれば、江戸時代のほうが良いことになります。

 江戸の時間は不定時法を採用しており、暦は月齢で旧暦、寛政暦です。先ず、不定時法とは、季節によって1刻(いっとき)の時間が伸縮するもので、日の出の時刻を明六ツ(あけむつ)といい、太陽の中心が地平線の下7度21分40秒にある時とされています。明六ツから、夕方日没暮六ツまでを6等分します。明五ツ、明四ツで、その後、太陽が真南に上がったときを九ツとなり、その後八ツ、七ツ、暮六ツで、1刻(いっときと読む)は約2時間である。太陽と月の観察で時刻を知り、ほぼ2時間ずつの生活ですので、ひと仕事には最適な時間配分で、人間の暮らしのリズムと相好している。夜中は月の位置で時間配分をみます。朝寝坊しても少々の時間ぐらいは大丈夫。どうしても寝坊する人は、大名時計、和時計、香盤時計などを利用していた。江戸幕府は府内の本石町、上野寛永寺、芝切通し(増上寺)、浅草寺,赤坂円通寺、市ヶ谷八幡、目白不動尊、四谷天龍寺、本所横堀の九ケ所に時の鐘を置き、明六ツと暮六ツにこれを撞き、時刻を知らせる方法をとっていた。早朝、夕照に、静寂の中で刻の鐘を聴く、騒音の無い透明な生活には、頗る付きの至高の日々が窺える。

 夜中の0時を子、その後丑、寅、卯、辰、巳ときて、昼の九ツが午です。丑の刻は午前2時ごろ、丑三つ時とは、丑の刻をさらに4つに分けて、その三番目のことで、夜中の2時半頃のこと。草木もねむる丑三つ時とは、この真夜中のことである。この不定時法では春分では5時41分に日の出がはじまり17時53分に日没で、昼夜の時間がほぼ均等であるが、冬至の場合は昼の一刻は1時間50分、夜は2時間10分、夏至では昼の一刻が2時間40分、夜が1時間20分ぐらいで、昼夜の1刻が夏冬で50分も違ってくる。しかし、この刻を使って生活をすれば1日が快適で、サマータイムなども不要です。
 江戸の川柳に”先々の時計になれや小商人”というのがあり、例えば笊を売りに来る商人が必ず八ツ、未の刻に路地に現れるので時計代わりだと詠んだ川柳。

   

 今より131年前の明治5年1872年12月2日で旧暦は終了し、次の日より明治6年1月1日とし、新暦を採用している。このため、旧暦を経験したり、記憶にある人は現在の日本には存在しない。今では旧暦は神宮館の高島暦などの運勢暦に残されているのみであるが、この新暦に変更した時点で日本の季節と暦の月と約1ヶ月のズレが生じている。例えば旧暦太陰暦の正月は今年は2月1日で、この頃まで厳寒であったのがやや薄れ、ようやく春がきたかなと思わせる新春でありました。したがって、新暦では1ヶ月ほど四季の移ろいより早く正月行事を済ましていることになる。

 まず、季節をあらわす節句と二十四節気について説明する。
 節句 もしくは節供といい、奇数が重なると目出度いとされ1年に五節句がある

人日 1月7日 じんじつ
上巳 3月3日 じょうし
端午 5月5日 たんご
七夕 7月7日 しちせき
重陽 9月9日 ちょうよう

 人日とは、中国では正月1日から6日まで鶏、狗、猪、羊、牛、馬の日でこれらの各日には動物を殺してはならない。7日は人の日で、よって人日といい、この日には犯罪者に対する刑罰を行わない日としていた。江戸幕府の公式行事として七草粥を食べて祝った。武家においては重視された祝日で、七草とは芹,薺、御形、?、仏の座、菘、蘿蔔である。御形は母子草ペンペングサ、仏の座は田平子、菘はかぶ、蘿蔔は大根のこと。これでビタミンA、B、Cの補充をおこなっていた。脚気予防である。旧暦正月7日は新暦では2月7日、立春で春のはじまり。この頃には充分青野菜は収穫できる頃合いである。
 新暦の1月7日には、特に北国での青野菜の調達はまだまだ無理。

 上巳とは、旧暦3月上旬の巳の日に行っていたが、後に三月三日に定まったのである。中国では、この日、川で身を清め不浄を祓う習慣があった。これが平安時代に取り入れられ、宮中で曲水の宴を張り、祓えを行うようになった。この形代(祓えのときに用いた紙の人形)が流し雛の風習になり、江戸時代に雛祭りとなったもの。

 端午とは、旧暦5月5日男子の節句。初五の意で、端は初めの意。午は五と同音で同じ。端午は、もともと月初めの午の日のことをいう。古来、中国ではこの日に、野に出て薬草を摘んだり、蓬でつくった人形を家の戸口にかけ、菖蒲酒をのみ邪気を祓う行事があった。江戸時代以降、粽 柏餅をたべて、男子のいる家では鯉のぼりをたて、武者人形を飾って子供の成長を祝う行事となった。菖蒲は尚武と同音からきたもの。田植えがはじまるので休息日で、特に早乙女は家に籠り身を清め、地面を菖蒲打ちし邪気を祓う行事。

 七夕とは、牽牛星と織女星が天の川をはさんで、年一度のロマンチックな天体逢瀬の星祭り。もう一つは乞巧奠の行事である。乞巧奠とは女子が手芸が巧みになることを祈ることで、織り姫を棚機つ女(たなばたつめ)といい、七夕の呼称はここからきている。女子が裁縫の上達を祈って、笹に願い事を書いた短冊をつけて、軒先に立てるしきたりが江戸からおこった。青森のねぶた祭りや秋田の竿灯は七夕祭りのひとつで、これはお盆の前に身体を清めるために水浴びをおこなった。この水浴びを「ねむり流し」、「ねぶた流し」といい、ねぶた(ねぷた)は眠たき睡魔を追い払うからきている。そして、お盆をむかえる。お盆は正式には盂蘭盆(うらぼん)といい、関東では7月15日、関西では8月15日におこなう。この間を三伏の候という。三伏とは、初伏、中伏、末伏の総称で、七月中旬から八月上旬の酷暑の時期をさす。盂蘭盆とは倒懸になっているのを救うという意味で、あの世で非常な苦しみを受けている死者を、供養し救うという仏事。迎え火の代表は京都の大文字焼き。生を預かる医者はお盆に付き合いきれないのが毎年の悩み。

 重陽とは菊の節句で、中国では、奇数を陽の数としていたので、陽の極である九が二つ重なる日は大変に目出度い日とされた。邪気を払って長寿を願って菊の花を飾り、酒を酌み交わし祝った。茱萸(かわはじかみ)の実を頭にさして邪気を祓うこともあった。お彼岸は春秋二期で、春は3月18日頃、旧暦では2月15日、秋は9月20日頃で旧暦の8月24日、季節の変わり目で、暑さ寒さも彼岸までと旧暦ではぴたりと合点。彼岸は日本独特の風習でであるが、仏典の波羅蜜多の梵語を漢訳した語が彼岸。彼岸会は、本来は7日間にわたり法会をおこなう。

 これらの節句は、噺家6代目三遊亭圓生の落語「樟脳玉」のマクラで簡単に振っている。樟脳玉に火をつけ、手でコロコロと転ばせる遊びがあり、噺の内容は亡くなった夫人の供養に捻兵衛が、夫人の大切にしていた御召し、京都西陣、紺明石、朱鷺色の襦袢、比翼紋縮緬を泥棒に騙しとられる噺で、着物辞典から飛び出したような落語で、現代人には、1回で理解するのは難しい。また、後日紹介します。

   

 もともと固有の文字をもたなかった古代日本に、漢字がもたらされたのは漢倭奴国王の金印の出土したことから1世紀頃とされている。そして約900年の間、万葉仮名男手として、すべて漢字でことばを表現していた。しかし、894年、菅原道真の進言により遣唐使の派遣が中止された頃から、平仮名ひらがな女手が使用されるようになり、905年の古今和歌集の撰進からは平仮名まじりのくずし字文字による和歌、作歌の隆盛の時代にはいる。その後、明治33年1900年、小学校令で仮名は47文字と定められ、今日にいたる。

 古い文字を読みきる古筆学という学問があり、この分野を切り開いた広島の小松茂美氏に依る処の厳島神社に奉納されている平清盛直筆金字装飾法華経写経三十三巻「平家納経」の三十年間におよぶ研究は感動的で有名です。

 平成の時代で日本語の読み書きが出来ない文盲は殆どいませんが、パソコン、携帯電話、メールの影響で正しい日本語が書けない、難しい字は読めない若者が増加しているとか。意味の分からない現代語が流行って、古い人間にはなんのことやらサッパリわかりません。

 江戸では文盲のことを無筆といっていました。これも三遊亭圓生の落語に宇野氏創作で医者が無筆者惣助に、文字を根気よく教育する、涙ぐましい落語「心のともしび」があります。これも一聴の価値あり。

 旧暦で平安の頃から和風の月名は

  睦 月 むつき
 1月 January
   
正月、建寅月、初月、嘉月
諸説があるが室町時代の節用集で身分の上下無く
親族一同睦びやかに祝うからきている。
  如 月 きさらぎ
 2月 February
梅見月、殷春、降入、建卯月
衣を更に重ね着する寒さからきぬさらに月から
  弥 生 やよい
 3月 March
夢見月、建辰月、春抄、嘉月
木草いやおい茂る月からやよい
  卯 月 うづき
 4月 April
建巳月、花残月、乾月、清和月、
空木うつぎの花からきている
  皐 月 さつき
 5月 May
建午月、写月、橘月、啓月、鶉月、早苗月
早苗さなえを植える月
  水無月 みなづき
 6月 June
建未月、水月、松風月、涼暮月
田に水を張る月から
  文 月 ふみづき
 7月 July
建申月、文披月、七夜月、愛逢月
しちがつ 稲の穂含む月
  葉 月 はづき
 8月 August
建酉月、壮月、観月、月見月、雁来月
葉おちるとき
  長 月 ながつき
 9月 September
建戊月、玄月、菊間月、紅葉月、詠月
夜長月
  神無月 かんなづき
10月 October
建亥月、陽月、坤月、時雨月、雷無月
八百万の神々が出雲大社にあつまり他国にはいない
  霜 月 しもつき
11月 November
建子月、葭月、霜降月、露隠端月
霜しきりふる月
  師 走 しわす
12月 December
建丑月、朧月、春待月、氷月、除月
師匠といえども趨走する

 これらをみてもわかるように自然の変化、四季をとらえた農耕生活もしくは宮廷生活からきている。

   

「にじゅうしせっき」と読む

 1年を24等分し、月を節、中と区分し節は月のはじまり、中は月のなかごろをさす。
 1年365.2422日÷24=15.2184日で約15日ごと。
 春分は昼と夜がほぼ同時間でこれを中心に、太陽黄経度が15度図ずつ増えていきます。

 
よ み 季節月名
(旧暦)
太陽黄
経 度
新暦03 04(2月閏)
立春 りっしゅん 正月節 315 2月4日 2月4日
雨水 うすい 正月中 330 2月19日 2月19日
啓蟄 けいちつ 2月節 345 3月6日 3月5日
春分 しゅんぶん 2月中
彼岸中日
0 3月21日 3月20日
清明 せいめい 3月節 15 4月5日 4月4日
穀雨 こくう 3月中 30 4月20日 4月20日
立夏 りっか 4月節 45 5月6日 5月5日
小満 しょうまん 4月中 60 5月21日 5月21日
芒種 ぼうしゅ 5月節 75 6月6日 6月5日
夏至 げし 5月中 90 6月22日 6月21日
小暑 しょうしょ 6月節 105 7月7日 7月7日
大暑 たいしょ 6月中 120 7月23日 7月22日
立秋 りっしゅう 7月節 135 8月8日 8月7日
処暑 しょしょ 7月中 150 8月23日 8月23日
白露 はくろ 8月節 165 9月8日 9月7日
秋分 しゅうぶん 8月中 180 9月23日 9月23日
寒露 かんろ 9月節 195 10月9日 10月8日
霜降 そうこう 9月中 210 10月24日 10月23日
立冬 りっとう 10月節 225 11月7日 11月7日
小雪 しょうせつ 10月中 240 11月23日 11月22日
大雪 たいせつ 11月節 255 12月7日 12月7日
冬至 とうじ 11月中 270 12月22日 12月21日
小寒 しょうかん 12月節 285 1月6日 1月5日
大寒 だいかん 12月中 300 1月21日 1月20日

   

 六曜:諸葛孔明が発案したとされるが、疑わしい。
 先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口、をいう

先勝は「せんかち」、せんしょう、さきかち、と読まれる。
    先んずればすなわち勝ちの意。

友引は「ともびき」、ゆういん、と読み
    凶事に友を引く、凶禍が友に及ぶので、
    この日は葬式、法事は行わない。

先負は「せんまけ」、さきまけ、と読み
    先んずればすなわち負けるの意。

仏滅は「ぶつめつ」
    仏も滅するような最悪の日の意。

大安は「たいあん」、だいあん、と読み
    大いに安し、の意。万事において吉。

赤口は「しゃっく」、しゃっこう、せきぐち、じゃっこう、と読み
    陰陽道で凶日、火の元には気をつけよ、赤より血を連想させる
    ことから大工、板前、医者など刃物をもつものは要注意の日。

 六曜の順列は旧暦で各月の一日目(朔日)を六曜でつぎのようにはじめる。

1月、 7月 の第1日目は 先勝
2月、 8月 の第1日目は 友引
3月、 9月 の第1日目は 先負
4月、10月 の第1日目は 仏滅
5月、11月 の第1日目は 大安
6月、12月 の第1日目は 赤口からはじめる。

 例えば2003年の旧暦の3月1日は新暦の4月2日で、この日は先負から始め3月29日は先勝でおわる。
 次日4月1日は順序としては友引であるが上の規則より仏滅からはじめることになる。これを新暦カレンダーでみると、急に六曜の順配列がずれているような錯覚をおぼえるが、旧暦では秩序だてられている。

   

 えと、じっかん、じゅうにし、ごぎょう
 旧暦では日数勘定は十干と十二支をつかう。

十干

こう おつ(いつ) へい てい こう しん じん

十二支

うし とら たつ うま ひつじ さる とり いぬ
ちゅう いん ぼう しん しん ゆう じゅつ がい

五行とは

 木、火、土、金、水のことで、これに兄(え)、弟(と)をつけ10行とする。
 したがって

  兄(え) 弟(と)
きのえ きのと
ひのえ ひのと
つちのえ つちのと
かのえ かのと
みずのえ みずのと

 これらの五行兄弟を十干にあてはめると

  甲:きのえ  乙:きのと 丙:ひのえ 丁:ひのと、 戊:つちのえ
  己:つちのと 庚:かのえ 辛:かのと 壬:みずのえ 癸:みずのと

 とよませる。
 奈何いうつもりでつくったかわからないが、「きひつかみ」と覚えると便利。

 十干と十二支を組み合わせ最大公約数で60となり、六十干支で、これを還暦とした。

  1.甲子 きのえね   2.乙丑 きのとうし   3.丙寅 ひのえとら
  4.丁卯 ひのとう   5.戊辰 つちのえたつ  6.己巳 つちのとみ
  7.庚午 かのえうま  8.辛未 かのとひつじ  9.壬申 みずのえさる
 10.癸酉 みずのととり

 11.甲戌 きのえいぬ  12.乙亥 きのとい   13.丙子 ひのえね
 14.丁丑 ひのとうし  15.戊寅 つちのえとら 16.己卯 つちのとう
 17.庚辰 かのえたつ  18.辛巳 かのとみ   19.壬午 みずのえうま
 20.癸未 みずのとひつじ

 21.甲申 きのえさる  22.乙酉 きのととり  23.丙戌 ひのえいぬ
 24.丁亥 ひのとい   25.戊子 つちのえね  26.己丑 つちのとうし
 27.庚寅 かのえとら  28.辛卯 かのとう   29.壬辰 みずのえたつ
 30.癸巳 みずのとみ

 31.甲午 きのえうま  32.乙未 きのとひつじ 33.丙申 ひのえさる
 34.丁酉 ひのととり  35.戊戌 つちのえいぬ 36.己亥 つちのとい
 37.庚子 かのえね   38.辛丑 かのとうし  39.壬寅 みずのえとら
 40.癸卯 みずのとう

 41.甲辰 きのえたつ  42.乙巳 きのとみ   43.丙午 ひのえうま
 44.丁未 ひのとひつじ 45.戊申 つちのえさる 46.己酉 つちのととり
 47.庚戌 かのえいぬ  48.辛亥 かのとい   49.壬子 みずのえね
 50.癸丑 みずのとうし

 51.甲寅 きのえとら  52.乙卯 きのとう   53.丙辰 ひのえたつ
 54.丁巳 ひのとみ   55.戊午 つちのえうま 56.己未 つちのとひつじ
 57.庚申 かのえさる  58.辛酉 かのととり  59.壬戌 みずのえいぬ
 60.癸亥 みずのとい

 たとえば、甲丑や戊酉などの組み合わせはない。

 平成15年は西暦2003年、皇紀2663年 癸未(みづのとのひつじ)である。皇紀は西暦に660年をくわえる。十干、十二支では干支の番号=MOD(西暦年,60)−3で2003÷60=33あまり23で23−3=20で20番目の癸未となる。MOD:Modulus 余剰関数のことで、割り切ってしまってはダメ。したがって通常の電卓での計算は無理。

 例えば、甲子園の甲子(きのえね)は逆に換算すると大正の終わり頃であるので
 60×32=1920, 1920+1+3=1924
 1924年(大正13年)、きのえねの年に建設されたので甲子園である。

 古文書や古筆の最終行に六十干支で年号が記述されています。上の計算式から西暦年が正確に同定できるわけです。また、太陰暦では月の満ち欠けの周期は29.53日で、12回繰り返すと354.36日で、365日より10.88日足りなくなる。3年間には、32.64日、約1ヶ月強足らなくなるので、閏月として1ヶ月を増やす必要が出て来きます。たとえば来年の2004年には旧暦の2月には30日まで定め、さらに次月も閏2月で2月29日までとなっているので旧暦をみるときは注意が必要です。

   

 還暦(61歳)、古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、
 米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)、茶寿(108歳)、
 珍寿(110歳)、皇寿(111歳)、大還(121歳)がある。

 還暦は以上でのべた。古希は70歳、杜甫(712〜770)の漢詩、七言絶句「曲江」

  朝回日日典春衣 毎到江頭尽酔帰 酒債尋常行処有 人生七十古来希

よりとったもの。しかし、平成の日本、高齢化では70歳は古来より稀とは謂い難い。

 喜寿は七七七とかくので七十七。傘寿は八の十とかくので八十。米寿は八十八とかくので。卒寿は卆からきている90歳。白寿は百からうえの一を引いて白で、99歳の祝いである。

 茶寿は八十八のうえに十が二つで108歳。珍寿は110歳、皇寿111歳、大還は還暦が二周りして121歳、これこそ古来より稀。

 祝いの品物も決められており、このことはインターネットの儀式・行事辞典にくわしい。

   

 暦、こよみの語源は日読みからきているとされています。現在人は日本暦書出版協会推薦の高島暦を毎年暮れには買ってきて、ほとんどの人は自分の運勢をみるくらいだとおもいますが、日を読むために以上の基礎知識を参考にして、もう一度全読を試みてください。
 暦の頁は日、曜日、干支、九星、旧暦、六輝、中段、廿八宿、下段、日出入、月出入、満潮、干潮の時刻、行事が縦の表になっていて、すべてを理解するのはすぐには不可能ですが、興味が湧いてきたらしめたものです。

 今年、2003年2月26日、読売新聞朝刊に奈良県明日香村飛鳥の石神遺跡から暦木簡が出土したと奈良文化財研究所から発表された。この暦は元嘉暦という中国で使用していたもので、出土したのは持統3年689年3,4月のカレンダーで、現在確認されたなかでは最古のものとなった。古事記に記載されている暦で、浜松城山遺跡の儀鳳暦(729年)が最古とされていたが、さらに40年遡ったことになる。しかし、より古い暦は使用されていたと考えるのが妥当であろう。この元嘉暦を採用した天皇は第41代持統天皇女帝(645〜702)で、天智天皇、遠智娘の間の第2女子として大化元年645年に生誕しているが、かの忌まわしく有名な壬申の乱(672)後に、藤原京をつくりあげた女帝である。

 町中で和風月名と二十四節気をみつけました。営団地下鉄千代田線、新お茶の水駅プラットホームの駅全壁に、タイルモザイクで二十四節気が貼られている。1年前からあるそうで、なかなか良いアイデアで楽しめます。是非一度ご覧ください。

 また、毎月毎週ゴルフ、テニスを楽しまれている先生が多いのですが、自然の中のプレーですから、きれいな花だね、いい木だね、だけで済ますことなく、ぜひ、草木花を勉強し、名前の1つでも憶えておけば、四季の移ろいを体感しつつ、スポーツを充分に満喫されると思いますが如何でしょうか。プロ以上のプレーが楽しめると思いますよ。
 逆にプロゴルファーのジャンボ尾崎は今、盆栽、水石に凝っており、彼はこちらもプロ級です。

 旧暦も、いまやパソコンで瞬時に変換可能で、月齢も簡単に採用できる。生活に四季を是非とりもどし、自律神経によい癒しの生活を楽しみましょう。旧暦を利用されてはどうでしょうか。

あらゆることに楽しみを見つけることは、
人間だけに許された生の醍醐味なのである。
(齋藤茂太氏のことば)。

 それではこれで筆を擱きます。

   

▲トップへ