はじめて巻頭の言葉を述べます。秋深く冬の到来です。毎年云っていることですが、夏休みが過ぎると正月まで駆け足のようにやってきます。皆様、日常の診察で忙しいでしょうが、日本では長生きしても快適な生活が送れるとは限らない経済状況になってきましたし、何を目標に生きればよいのか、人生予測がたてられない時代です。
 このような中で、生きがいをみつけるのがバカらしく思えてくる。これは政治判断が間違っているためでしょう。そこで老化と長寿について考えてみました。まず老化について巧く表現している書畫をみつけましたので紹介します。

 江戸後期の福岡市聖福寺禅僧、仙(せんがい)義梵が、老人六詩仙と題してユーモアに、漫画を交えて書いている。

   志わかよる ほ黒が出来る 腰まかる
   頭かはける ひけ白くなる
   手ハ振ふ あしハよろつく 歯ハ抜ける
   耳ハきこへす 目ハうとくなる
   身に添ふハ 頭巾 襟まき 杖へ 目鏡
   たんぽ おんじゃく しゅびん 孫の手
   聞きたかる 死とむなかる 淋しかる
   心か曲る 欲深ふなる
   くとくなる 気短になる 愚ちになる
   出しゃばりたかる 世話やきたかる
   又しても同じ咄に子を誉る
   達者自まんに人ハいやかる

 仙高ヘ寛延3年1750年生、天保8年1838年歿、出光美術館(有楽町東京帝国劇場手前)に、多数の作品が残されている。
 この老化に打ち勝ち、長寿を希望の方は精神力をつけることしかないと106歳の物集さんは言っております。すなわち脳活動をいかに長引かせるかが長寿のコツという訳で、千駄木団子坂の長寿者、物集高量(もずめたかかず)は1879年明治12年4月3日生まれ、1985年昭和60年10月25日106歳で歿。

 国文学者で団子坂センセイとよばれ全二十巻の本辞典「広文庫」を書き上げている。そのチンポコ語録から「僕はねえ、お医者さんをあんまり信用しないの。だってお医者さんで僕以上に長生きしている人っていないでしょ。人間が長生きするために一番大切なのは精神力ですよ。女は大ぜいいるのに僕はひとり。チンポコもひとつ。・・・・・・チンポコもね、できるならバナナみたいに、たくさん並んでるやつが欲しいとおもったもんです。悪い男ですね。ヘソの曲ったできそこないが、永いことお世話になりまして。」と飄々と語る。
 また誰を尊敬しますかとの質問に世界四大聖人でソクラテス、釈迦、キリストまではよいが、孔子はダメです。あんな女々しいこというやつは尊敬しません。と、孔子を只の人呼ばわりしたひとは初めてです。話を紹介している森まゆみさんは、一見ウソッパチのように聞こえても、不思議な魅力と人生の真実があると結んでいます。

 長寿とは『老子』の辯徳第三十三に
   知人者智、自知者明。
   勝人者有力、自勝者強。
   知足者富、強者有志。
   不失其所者久、死而不亡者壽。
 とあり
 人を知るものは智、自らを知るものは明なり。人に勝つものは力あり、自らに勝つものは強し。足るを知るものは富み、勉めて行うものは志有り。其の所を失はざるものは久しく、死して亡びざるものは壽なり。

 この最終四行目の解釈が難しい。もともと孔子にくらべ老子の内容は難解です。老子は曖昧な表現が多い。其所とはなにを指すのか、なにが壽なのか不明。わたくしの解釈は其所とは脳機能、時実博士のいうところの前頭葉での存在、道元、岡潔のいう真我、精神力のことで、すなわち思想が永久に残るひとが壽、長寿というわけである。

 そこで精神力、脳機能活性化のために教養と色気の小咄を一丁。
 百人一首、ある芸者さんが、ほぐぞめと申しまして百人一首を散らした着物をこさえまして、ええ、着てみるとお乳のところに、「恋ぞつもりて淵となりぬる」とある。袖のところには、「わが衣手は露に濡れつつ」、肩のところは、「三笠の山に出でし月かも」、お尻を見ると、「今日ここのへににほひぬるかな」上前の帯の下が、「名にしおはば逢坂山のさねかづら」で、下前はどうかってんで、上前をひょいと裾からまくりあげると、「人こそ知らねかはく間もなし」下品なことを申しまして、これにて〆まする。参考に本物を

秋の田のかりほの庵のとまをあらみ わがころも手は露にぬれつつ 天智天皇(一)
天の原ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも 安部仲麻呂(七)
つくばねの峯より落るみなの川 こひぞつもりて淵となりぬる 陽成院(十三)
古への奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔(六十一)
名にしおはば相坂山のさねかづら 人にしられでくるよしもがな 三条右大臣(二十五)
わが袖は汐干にみえぬ沖の石の 人こそ知らねかはくまもなし 二条院讃岐(九十二)


   
 10月1日(平成16年)の毎日新聞第1面に "介護保険特養家賃、自己負担に" という見出しで特別養護老人ホームの入所ゲスト者より平成17年度から部屋代を徴収する厚生労働省案が大きく報道された。長い不況の続く平成日本。政府の打ち出す施策は矛盾だらけ。

 介護保険で高齢者の生活を保障するつもりで開始したはずの福祉政策が、僅か4年たったところで、財源破綻状態。これに上記のような、せこい案をだしてきた。財力のない高齢者を福祉として介護する施設が特養で、ここに入所するゲストは財力に限界がある高齢者です。この人たちから部屋代を徴収するのは、あまりにもむごい代官様的政策ではないでしょうか。
 これが実施されるようになれば、独居生活者が増え、飽食時代にも拘わらず介護も医療も受けることなく、苦しみ、貧困のなかで亡くなる、奇怪な餓?の民が必ず増えるでしょう。こんな唾棄すべき施策を絶対に認めるわけにはいきません。
 あとさきを考えずに、目の前の困窮を解決する手っ取り早い策しか考えつかない政治家、官僚(これを聚斂争利の輩;しゅうれんそうりのやからという)ばかりでは国は必ず亡びます。

 一方、柏市では痴呆で、財力の管理ができない高齢者がグループホームに入所するケースが増えています。この高齢者の痴呆で金の管理ができないところにグループホーム設立者は目をつけ、痴呆で金持ち高齢者の後見人とうまく結託して、自分達の衣食住にその金を使って贅沢三昧している。
 まるで詐欺に近いグループホーム設立者が増えつづけています。医療受診についても、痴呆を理由に受けさせない例が多発しておりますので、各先生も患者さんや家族に治療以外の細かい生活上の悩みを聞き込む必要があります。

 話しはかわりますが、このあいだ、5月に事件が発生しました。
特定介護施設に入所し、介護棟で介護をうけているBさんが、入所後、小柄の87歳の脳梗塞寝たきり状態のAさん(我孫子)の耳を裂いたり、下肢を棒で強打したり、夜間に暴力沙汰を隠れて行っていました。Aさんは、その後、水分も取らなくなり、点滴治療しましたが、1ヶ月後に亡くなりました。
 葬儀が終った後、加害者パーキンソン病の大男Bさん(松戸)によると、「昭和20年、戦地から引き上げてきたが、働き口がない。我孫子役所から石炭を運ぶ仕事をあてがわれたが、この管理者がAさん。Aさんは小柄で戦地には赴かず、内地で働いていた。このAさんが大男のオレに、ひとの4倍の石炭運びの重労働を課した」。Bさんはこの恨みを、ここ50年間胸に秘めていた。
「介護をうけるようになって、柏の介護施設に入ってみると、恨みをはらすべきAさんが隣のベットに寝ているではないか。絶対に殴り殺してやろうと思った」、と供述している。

 今の日本の介護は各市町村の財源で行うことになっています。多くの今の被介護保険者は戦直後、貧困、困窮で隣の人からも、親戚にも見放され、やっと平成まで生き延びてきた高齢者たちです。中には詐欺で金を稼いだひともいるでしょう。これらの人を地元で一括して介護していく場合、上のような事件がおこっても不思議ではありません。この点からも国の責任でおこなうのが真の介護ではないでしょうか。
 即ち、介護も拉致問題も、まさしく戦後処理問題なのです。国策を間違えると各地で介護事故は多発することと思われます。
 平成の日本人には無くなってしまっていますが、江戸の寛政の改革の立て役者、松平定信が述べている、義気を呼び起さねばなりません。義気とは、正義を守るこころ。義に富んだ心をいいます。

 理想的な福祉政策としての介護保険は、さらに20年の月日が必要でしょう。
しかし、残念ながら、未来の日本には "助け合いの精神" 、"互助精神" など遺ってはいません。支え合って生きていく人間としては寥々、絶望的未来です。
 平成の日本人よ、目覚めよ。秦の陳渉のいった『燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや』である。(えんじゃくいずくんぞ、こうこくのこころざしをしらんや)

   

▲トップへ